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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<1> 〜名入れ承ります〜

   2015年3月6日  

 しょんぼりした女の子は、百代さんの手に握られたHBのブラックを恨めしそうに見ていた。
 そこで百代さんは、ふふんと仰け反ってみせる。
「うみさん。今、サービスしてるんです。なんと、十本買ってくださった方にはサービスで一本同じ物をおつけしてます。どうです? いりませんか?」
 どっちでもいいけど、やった方が得かもね。そんな雰囲気を漂わせると女の子は、じゃあと遠慮がちに切り出した。
「……うみってローマ字で書いて。ほんとはね、深い海でうみって言うの。……変な名前でしょ。しんかいってみんなから呼ばれるんだ。だったら漢字一文字にしてよ」
 笑っちゃうよねと女の子――深海は苦々しく吐き捨てた。小学校低学年にしては、深海はませて自分の名の意味を理解できるほど、利口だった。
 名前には様々な意味が込められているが、彼女の場合、それがいささかずれたらしい。少なくとも深海はお気に召さなかったのだ。昨今の名前事情には色々ある。
 だるまストーブの上に載ったヤカンから、しゅん、しゅんと湯気が出ているきりで、モモヨ文具店は静かなものだった。
 カッターに鉛筆をセットすると、文字を入力し、スウィッチを押した。
「……あのね、礼央くんだけなの。変な名前ってからかわなかったの。深海っていっぱい生き物がいるから、いっぱい色んな絵を描くうみちゃんにこの名前はぴったりだよって言ってくれたんだ。僕の名前もライオンだからって。妙ちくりん同盟って言ってた。礼央くんすっごく頭いいんだ。鉛筆なんかすぐ終わっちゃうの。クラスで一番終わるの早いんだよ」
 しゃりりりりりりとUMIの筆記体が削り出されていく。
 細かい削りカスが出なくなるのと、深海の大きな告白が始まったのは一緒だった。
「でもね、学校行けなくなったの、うみ。礼央くんと喧嘩したんだ。ちょっと礼央くんにいじわるなこと言われたんだ。……それで、嫌だなって思ったら行けなくなっちゃった。でもね、礼央くん毎日うちに来るの。一緒に学校行こうって。お手紙もくれるんだよ」
「じゃあ、仲直りしなきゃ。礼央くん待ってるよ」
「でも……でもね」

 

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