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行間を読む

   

隕石書店の編集者木田 久則は「行間を読め!」が口癖だった。

行間から文章の意図を読み取ることに集中し過ぎて普通の仕事をおろそかにしてしまうほどのこだわりで、学生の頃からの後輩である池内 次郎もいささか閉口していた。

ある日、池内たちはバイク便で封筒を受け取る。その中には、長い間隕石書店との付き合いがあるノンフィクション作家、山野 秀里が亡くなったことと、遺稿となった原稿を引き取ってくれということが書いてあった。

急な知らせに、池内たちは慌てて山野の家に向かうのであったが……

 

「お前ら、やる気があるのか! もっとちゃんとやったらどうなんだ。仕事ってのは、結果だけ出せばいいというものじゃないんだぞ」
「隕石書店」第一編集部の会議室内に、編集長木田 久則の怒声が響く。
 編集者たちは、無言で端末を覗き込みながらも、心底うんざりしていた。
 編集長である木田がこのモードに入ると、悪くすれば二時間は無意味な会議が続くのである。
「大体、お前らはな、紙ってもんを大事にしなさ過ぎる。せっかく頂いた原稿なんだから、しっかり汚れを落とした上でクリアファイルに入れて、金庫の中に保管しとかなければならん。そういう紙を大事にする姿勢こそが、会社に流れをもたらすんだよ」
「データは三重のバックアップをしてるんですが、まだダメなんですかね。そもそも、先生の家にもあるじゃないですか、元々の原稿が」
 池内 次郎は無駄と知りつつも反論した。
 こうでもしなければ気が治まらない。
 独善的な編集長と行く先が見えない会社に嫌気が差し、今月だけでもう六人もの社員が辞めていったおかげで、池内の作業量は通常の何倍にも達している。
 もう五十時間は寝ていないはずだ。
 せっかく原稿が送られて来たのだから、とりあえず今は仮眠を取りたい。
「生原稿と向き合うことが大事なんだよ。作家の仕事は単なる文字の羅列じゃないのは当然だが、だからこそ本音や心理状態が行間に滲む。そこを最優先にしなければならんのだ」
(ちっ、また「行間」かよ)
 木田のお決まりの文句に、池内は内心で毒づいた。
 何が発端になったのかは知らないが、木田は異様なほど「行間」や「語られていない部分」を気にする。
 単に心を込めるというだけではなく、余白に念を込めていると素晴らしい文章が浮かんでくると確信しているようだ。
 だが、本来指摘するべき事実関係のミスや誤字脱字などに対してのチェックは甘く、作家からの評価は低い。
 この会社が零細で、完全な年功序列のスタイルを守っていなかったら、木田は編集長にはなれていなかっただろう。
「行間を読むって言ってもですね」
 眠気のために我慢の限界をわずかばかりオーバーした池内は、端末を木田に見せた。
 池内がかつて遊びで書いた短編小説だ。
「ちょっと動かせば消えてしまうんですよね。ほら。ぎゅうぎゅう詰めになったでしょ」
 池内が画面に指を滑らせると、適度な距離が保たれてあった文字列が一気に密着した。
 そしてもう一度逆方向に指を走らせると、今度は行の間が一気に広がる。
「とまあ、これだけ不安定なものなんですよ。もちろん余白の大きさが変わったって、書いている人間の心理状態が変わるだけじゃない。これを書いたのは僕ですが、ただ単に楽しく執筆したというだけです」
「ぬうう……っ、池内っ、私はそんなことを言ってるんじゃ……」
「分かっていますよ。書いた方の内心を考えることも確かに重要な仕事です。しかしほとんどがPCからの出力である以上、筆跡からも心の動きがうかがえないわけですからね、情報としては不十分ですよ。それよりも、まずは開示された情報を正確に拾い、ミスを減らすほうが大事だとは思いますね。となれば、まずは休息が必要です。ここにいる皆もそれは同感ではないかと」
 少しねちっこくなってしまったかと池内は思ったが、彼の反論は他の五名の編集部員からの拍手で迎えられた。
 普段だったら笑って聞き流すこともできる木田の説教だが、今は愛想良く付き合っているわけにもいかないぐらい疲れている。
 池内が不満顔で着席すると、池内以外の編集部員は皆安堵の表情を浮かべ、部屋から去っていった。

 

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