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ヒトハミナオナジ

   

柏木 一郎は荒んでいた。

身よりもなく貯金もなく、単純労働しか割り当てられない生活。働けば働くほどに自分が単なる部品か何かにしか思えなくなっていく。

友人や彼女でもいればまた話は違うのだろうが、出会いのない職場で口下手となれば人との付き合いもなかなか難しい。

安酒場でクダを巻いていた柏木に、隣に座っていたやけに身なりの良い若者が話しかけてきた。彼は柔和な笑顔を保ちながらも、遠くのテーブルを指差し、「彼らは皆同じなんだ」と言い放つ。

思わず怒りの声を上げた柏木に、若者は「怒らないで下さい。単なる比喩ってわけじゃないんです」と続けるのだった……

 

「ちいっ」
 夕焼けが眩しくて、柏木 一郎は舌打ちをした。
 もっとも、腹からせり上がってくるようなイライラ感を覚えているのは、決して天気のせいなどではない。
 四十三歳、学校を出て働き始めてもう二十年以上、機械のような単純労働に終始するだけの日々を、彼は送っていた。
 古びたラインにぽつぽつと流れてくる部品をいくつか組み合わせて道具を作り、たまに紛れてくる不良品を排除する、ただそれだけの毎日である。
 結婚はしていないし、身寄りもないから、家に帰っても誰もいないし、そもそも実家という概念もない。
 結婚を視野に入れられるような彼女も友人もいない。
 男だけの職場で人も少なく、その上柏木自身が口下手とあっては、いい出会いはなかなか望めない。
 エネルギーに満ちた太陽から逃げるように、柏木は目に留まった安酒場に入った。
 活気はあるが、店員も客層もいかにも若く、店の中では柏木の存在は浮くだろう。
 だが、財布の中身を考えれば、この手の店以外には選択肢は少ない。
 スキルのいらない単純作業で、しかも多くのものを捌いているわけではない柏木には、酒に使える金はごくわずかしかない。
「焼酎くれよ。つまみは軟骨で」
 柏木は、安く度数の高い焼酎をオーダーするとため息をついた。 効率を重視して酔っ払おうとしても、自分が社会の「合理性」から漏れつつある事実から目をそむけることはできない。
「すまんね、柏木君。もう四半世紀近く一緒にやってきた君に対しては、特に言いづらい話ではあるんだけど……」
 脳裏に今日聞かされたばかりの社長の言葉がよみがえってくる。笑顔が良く似合う細面の社長は、申し訳なさそうな態度で、慎重に言葉を選びつつも、有無を言わせず柏木のリストラを伝えてきた。 親戚筋の金回りが急に良くなり、無利子無担保での多額の融資を受けることができたのだそうだ。
 十人並みの二、三歩手前ぐらいのレベルまで工場のオート化を進められる見通しらしく、そうなると、柏木のやってきた工程も完全に機械化される。
 自分よりも十倍早く正確なマシン相手に競いあうことなどできず、となれば今月末での失職はもはや避けられない。
 社長に悪気がないのは理解できる。
 口下手でムードが悪くなる原因でもある柏木をかばってくれたこともあったし、このご時勢、五百万円近くという退職金の額も、零細工場という条件からすれば破格と言ってもいいレベルだろう。
 つまり柏木は、言わば完全に機械的な理由によって首を切られたということになる。その事実が、かなりこたえている。
 アルコール度数が高いという以外に何の取り柄もない安酒をぐいぐい体の中に入れても、気分はいっこうに晴れない。

 

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