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安心旅行

   

「お受けになって下さるのでしたら、早速向かいましょう。誰かに嗅ぎ付けられないとも限りませんからね」
 吉沢が声を発するのと、フルスモークの車が高井の前に現われたのは、ほとんど同じタイミングだった。
 高井は、押し込まれるように車の中に乗り込んだ。
 それからほぼ丸一日、高井は「旅」をした。
 車で二、三時間進んだ後、車ごと船に乗り込んだ。
 どこに向かっているのかも分からなかったが、追われる心配がなく、知った顔がいないという状況は、実際とても気が楽である。
 そして、吉沢と出会った翌々日の朝、デッキにいる高井の目に、見知らぬ島が飛び込んできた。
「おおう……」
 高井は、感激の声を上げていた。
 視界の先にある島は、まるで、小さなリゾートホテルを丸ごと切り取ったみたいに、優雅で完璧な開発がなされていた。
 一泊するだけで、全身の疲れが取れてしまいそうだ。
「お疲れ様でした。ここが、私たちが運営する『安心島』です。どうぞ、ゆっくりお過ごしになって下さい」
 吉沢に案内されるまま、高井は砂浜で、柔らかい日差しを味わうことになった。
 ビーチチェアーに体を寝そべらせ、波の音を聞きながら、うとうとと時を過ごせる、そんな環境である。
 一声かければ、感じのいい吉沢の同僚たちが、何でも持ってきてくれる、夢のようなところだ。
 高井はたちまち機嫌を良くし、本来の明るい気質を取り戻した。
「すっげえな。びっくりしたぜ。日本国内にこんな島があったなんてな」
「お気に召されたようで何よりです。社会で知られた方に対する『避難』を業務としている我々としては、一人でも多くの有名人を『お助け』したかったのです。説明不足で、申し訳ありませんでした」
 南国のビーチにふさわしい、鮮やかな色のジュースを飲む高井に、吉沢が深々と頭を下げる。
 ビーチには、高井の他にも、何人もの男女の姿がある。
 最近立て続けに発明品を世に出した若手発明家、連続して楽曲をヒットさせているプロデューサー、気鋭のエッセイスト、いずれも、社会的に名を知られている一方で、批判されがちなポジションにいる人々だ。
 活躍期間が短いのも、高井と共通する。
 なるほど、「避難」する必要があるというのも頷ける。
「しかし、いいのか。良くして貰ってありがたいが、物凄い手間と費用がかかってるんじゃないのか。タダで使わせて貰って何だか悪い気もするよ」
「いえいえ、あなたはモニターですから、費用のことはお気になさらず。そもそも、私たちとしても、収益が欲しくてしているわけじゃありませんから」
 吉沢はあくまで爽やかに言い切った。
 高井はようやく、全ての不安から解放されることができた。
 不思議なもので、気分が軽くなると、体調も良くなってくる。
 肩や背中の強張りや胃の痛みも消えてなくなった。
 島内にいる有名人たちも、皆、気の良い連中で、暮らしていくにもまったくストレスがかからない。
 ビーチに飽きたら、別荘内のレジャー施設で遊べばいいし、割り当てられた部屋も、高級リゾート並だ。健康診断も受けられる。
 これでタダだと言うのだから、世の中、うまい話もあったものだ。
「いやあ、あんたら、すごいよ。本当に助かった」
 高井が心底から礼を述べると、吉沢は、いつも通りの爽やかな笑みを返した。

 

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