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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<3> 〜はさみブーケ〜

   2015年3月20日  

はさみは縁を切るって言うけれど、チタン刃でも切れない縁もあるんじゃないかしら。
今日は突然の婚約破棄を言い渡されてしまった納田広志君のお話。
広志君と婚約者・優美ちゃんの間にはどんな縁が繋がっているのかしら。はさみはそれを切れると思う?
『はさみブーケ』開店します。

 

はさみブーケ

 納田広志(のだ ひろし)の人生は順調になるように調整されていた。
 彼女の御園優美(みその ゆうみ)のこの言葉を聞くまでは。
「別れよう。広志と、あたし、性格合わないから」
 広志の手からビールの入ったグラスがすっぽ抜け、畳に転がる。泡立ったビールは、スラックスの裾をびしょ濡れにした。
 月世野市役所職員が多く利用する大衆居酒屋・より子でいつもどおりに食事をしていたとき、急に、そういえば知ってた? と言わんばかりの他人事で優美は別れを言い放った。げんに今、優美はサラダのトマトばかり顔色ひとつ変えず食べて、酒豪で通っていたのに一滴も飲まず、メロンソーダをぐびぐびと煽っている。
「……結納、済ませたよな。市長さんだって来てくれたじゃないか」
「うん。だから婚約破棄ってことになるんだけど。あのあとよく考えたけど、やっぱり無理だわって。あたし、東京に戻る。月世野なんてところにいたら腐っちゃうわ。広志のところにある荷物、処分していいから」
 若者が少ない月世野町は町を総出で結納だの結婚式だのが行われる。
 少しでも地方を盛り上げようという魂胆に乗っかったのは優美だった。御年二十八歳のUターン公務員である広志と同じく公務員の優美の結納は、市長以下お歴々まで出席してそれはそれは盛大に行われたのだ。
 それを、今になって突然、破棄?
 呆然とする広志は、目の前にいる見慣れた優美のちょっと斜に構えた面差しのなかから原因がなにかを懸命に掬い取ろうとした。小中高校と同じだった優美は、いつも斜に構えて、横顔と目元に苛つきと陰があった。東京の大学に行って、ずいぶんはっちゃけて、月世野市役所内でも一人だけこざっぱりと垢抜けている。
「別の男でもいるのか……?」
 おしぼりで、靴下まで濡れた座敷を拭きながら広志は、優美から目をそらせなかった。そらした一瞬のすきに、なにか、大事なことを見落とすのではないかと思ったのだ。
「いないよ。でも、もう、ここにはいたくない」
 分かるよね、その理由、あんたなら。
 優美のナイフのような目が、そう言っていた。
「……そうか……なら、しょうがないよな」
 広志の言葉に、なぜか優美の頬が引きつった。
「もうね、引っ越しの手続き済んでるの。辞表も出したし。夏のボーナス出たから、しばらくは暮らせるから」
 べらべらと優美はまくし立て、広志はかえって感心した。
 ここまで決まっているともう言えることは広志にはない。というより、どうでもよくなっていた。優美が決めたのならどうだっていいのだ。心がすうーっと熱量を放出し、冷たく固くなると、重い鎧戸に閉ざされた。
「頑張ってくれ、応援してる」
 優美がバシンとテーブルを叩いた。載っていたつまみの小皿が揺れ動く。
「ほら。そういうとこ。なに考えてるの、ほんと。全然引き留めないもん。頭に来ないの? 婚約破棄だよ?」
 なぜ、婚約を破棄される自分が怒られているのか分からない広志は、曖昧に頷いた。
「……ごめん、俺、帰るわ」
 それだけ言い残すと、腰を上げる。怒りで涙目になり、トマトをひたすら食べている優美を残し、居酒屋を後にした。

 

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