幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

ハヤブサ王 第4章 〜宿命(1)

   

 ワケノミコの名声が上がるなか、大王から参上せよとの命令が下る。
 また離ればなれになるのかと悲しむヤタノヒメミコ。
 ワケノミコとヤタノヒメミコの関係を喜びながらも、心が晴れないメトリノヒメミコ。
 一方、ワケノミコは憧れのイワノヒメと再会するが、その変わり様に戸惑う。
 ワケノミコ、ヤタノヒメミコ、メトリノヒメミコ、そしてイワノヒメ、彼女たちの運命が新たに動き出す。

 

 年が明けると、日差しも温かくなり、吹き付ける風も幾分和らいできた。それでも、屋敷のあちらこちらに斑雪が見受けられる。茅葺の屋根からも溶け出した雪が雫となって落ち、軒下にすり鉢を作っている。
 温かさに誘われた蟻が一足早く這い出してきて、雪解けの冷たい水を浴びて縮み上がった。
 メトリノヒメミコは、それを見てクスクスと笑った。
「何がそんなにおかしいのです?」
 ヤタノヒメミコが訊いた。
「蟻です。お馬鹿さんな蟻が、温かさにつれられて巣穴から出てくるから、こんな目に」
 慌てた蟻は急いで巣穴に戻ろうとしたが、滑ってすり鉢の中に落っこちてしまった。
「あら、慌てるからよ」
 メトリは、蟻をつかまえて巣穴の近くに戻してやった。蟻は振り返ることなく一目散に巣穴へと戻っていった。
「あたしがいたから助かったのよ。でないと、あなたは今頃、二度とすり鉢の中から出られない運命だったのよ。感謝しなさい」
 メトリの言葉に、ヤタノヒメミコはその通りだと思った。
(メトリがいなければ、あの蟻は二度と陽の目をみることはなかっただろう。それは人間も同じだわ。ワケノミコも、大王がいなければ、ただ寂しくこの屋敷で一生を終わるはずだった)
 ワケノミコに、高津宮へ参上するように命令が下ったのは、おとといのことだった。
 突然のお呼び出しであったので、ヤタノヒメミコは驚いてしまった。何より、ワケノミコ本人が驚いているようだった。
「私がですか?」
 命令を伝えにきた丸邇(ワニ)の族長ヒレフノオオミに問い質した。
「はい、大王直々のご命令でございます」
 オオミは、満面の笑みを浮かべて答えた。その笑みには、丸邇氏の輝かしいの未来の姿が見えているようだった。当然である。ワケノミコが中央に行くとなれば、それを支えてきた丸邇氏の力が強くなる証である。丸邇氏が再び中央政界に戻ることができるのだから。
「しかし、なぜ私が?」
 ワケノミコは、なおも懐疑的だった。
「大王さまは、先の人柱の件でワケノミコさまに大変感心なされたとか。あれほどの勇気、決断力、そして民を想う心、そんな若者が近江の田舎で一生を終わらせるのはもったいない、とのことだそうで」
「それは…、ありがたいお言葉で」
 ワケノミコは、皮肉っぽく言った。
「全くでございます。全くでございますぞ、ワケノミコさま。これは、またとない好機でございます。私もかねがね、ワケノミコさまはこのような田舎で一生を送らしになるような人ではないと思っておりました。これを逃せば、二度とこのような好機はやってきませんぞ」
「それは、丸邇氏も同じでしょう?」
「い、いえ、そんな、丸邇のことなど、その、我が一族のことはお考えなさらずに。私は、皇子様のことを案じておるのです」
 ヒレフノオオミは慌てて繕っていたが、その言葉の端々からは丸邇氏の期待が溢れ出していた。
「オオミ様、それほど慌てなくても結構です。私も、丸邇氏の世話になっておりますし、悪いようにはいたしません」
「はっ、恐れ入ります」
 オオミは、本当に恐れ入ったように頭を下げた。

 

-歴史・時代


コメントを残す

おすすめ作品