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SF・ファンタジー・ホラー

– アイサイ – 第3章

   

 美人で若い妻との骨も蕩けるようなセックスの日々。
 可愛い息子と戯れる毎日。

 満ち足りた生活のはず──なのに、記憶が無い為に男はこの生活がホンモノであるのか信じる事が出来ない──。

 彼は苦悩する。自分は誰なのか──と。

 

 ──数日が過ぎた。
 その間も俺は、昼は炬燵で弥一の相手をしながらぼんやりと過ごし、夜は杏子との情事を重ねた。杏子曰く、ちょうど排卵前なのでこの数日が一番欲しいのだそうだ。
 可愛い我が子と、美人妻との濃厚なセックスの毎日。怪我はしているが、円満な家庭と言えよう。幸せと言えよう。
 だが──、違和感と不安感はいや増して来ていた。
 身体は癒えて来ているはずなのだが、とにかく眠くて仕方が無かった。いや──眠いとは少し違う。正確には、頭がぼんやりしてあまり物事を考えられないというところだ。
 杏子はそのうち記憶も戻るだろうと言っていたが、言い知れぬ不安感が増すばかりで、一行に記憶は戻らなかった。
 いったいこの厭な気持ちは何なのだろうか──?
 俺は拭い切れぬ不安により、杏子の居ない所でいつも煩悶していた。
 ──そんなある日。停滞していた俺の意識に劇的な変化が生じる出来事があった。
 昼間、いつもの日課となっている食事を終え、杏子が食器を洗っている間、これまたいつものように弥一をかまっていると玄関でチャイムが鳴った。
「はいは~い」
 エプロンで手を拭いながら慌てて杏子が応対に出る。
 誰だろうと思いながら弥一と居ると、二人くらいの男と何事か話し込んでいるようであった。ぼそぼそといった感じではっきりとは聞き取れない。
 別に剣呑な雰囲気の声ではなかったので問題は無いだろうが、何となく気になった俺は居間の畳の上を音を立てないように這いずって行き、こっそりと廊下から玄関を覗いた。
 その瞬間、とてつもなく大きな衝撃が俺を襲った!
 玄関に居たのは二人組の──警官だった。何を話しているかは分からないが、杏子に何かを説明している風だった。正直、話している内容などはどうでもいい。問題は、俺が警官に対して異常と言えるほど恐怖している事だった。
 俺は真っ蒼になりながら逃げるように炬燵へと潜り込んだ。
「何だ? 何なんだ? 警察? 警察が恐い? 俺が? 俺は警察が恐いのか? 何で?」
 身体の芯から震えが来た。温かいはずの炬燵の中だと言うのに、俺はガタガタ震えた。
 誰だって警官を見ると何もしてなくても後ろめたい気持ちになるだろう。だが俺のそれはそんな生易しいものではなかった。ここまでの恐怖感は異常と言えよう。
「俺は……、俺は……何かやったのか……?」
 それだけを呟くのがやっとだった。呟いてから自分でその事に驚いた。──俺は何か警察を恐れるような何かをしたのだ!
 間違いないような気がする。
 思い出せないが、俺は過去に何か──犯罪行為──をやらかしたようだ。
「ふぅ」
 会話が終了したようで、警官達が玄関の扉を閉めて去って行き、杏子が一息吐きながらこちらにやって来た。
「……あらあなた、顔が真っ蒼よ? 具合悪いの? 風邪でもひいた?」
 すぐに俺の顔色が悪い事に気付き、杏子が心配そうに寄って来た。
「だ、大丈夫だ。すぐに良くなる……。それよりもあいつ等は何て?」
「あら見たの? うん。防犯の巡回だって。大した事は言ってないわよ」
「そ、そうか……」
 それを聞いて俺は心底ほっとしたようだ。自分を追って来た訳では無い事を知り安堵したのか? 自分自身の事ながら分からなかった。
「変なあなた。本当に大丈夫なのね?」
「ああ……」
 絞り出すようにそう言って、俺はがくんと身体を横にした。一気に疲れた気がする。
 そんな俺の様子を怪訝に思いながらも杏子はやり掛けの家事へと戻って行った。
 これが切っ掛けとなり、ここ数日考えないようにして来た疑問が一気に爆発した。
 自分の事。杏子の事。弥一の事。この家の事。事故の事。そして──警察の事。
 思い出そうと必死になるが、頭の鈍痛が増すばかりで一行に記憶は戻らなかった。思い出そうとしたり、考えたりすると決まって頭が痛くなった。頭の怪我は深いものだったのだろうか?
「…………!」
 ふと杏子の言った言葉を思い出した。杏子は俺の事故は車同士のものだと言った。という事は、俺は車に乗って、車を運転していたわけだ。つまり──運転免許証があるはずなのだ!
「きょ、杏子! 杏子!」
「は~い」
 台所から杏子がまたエプロンで手を拭きながらやって来た。
「どうしたの?」
 俺は杏子の顔を見るなり問い質した。
「俺は車を運転していて他の車とぶつかった。そうだよな?」
「え、ええ……」
 俺の剣幕に杏子がやや引き気味となる。
「免許証、免許証はどこだ? あるはずだよな?」
 そう。あるはずなのだ。無ければ辻褄が合わない。もしこれで杏子が言葉を濁すようなら、ここに何かあるはずなのだ。言わばこれは一種の鎌掛けだ。
 こうした事で俺は俺自身の本心を知った。俺は杏子を──疑っている。
「…………」
 心臓の鼓動が速くなる。さあ──どう答える?

 

-SF・ファンタジー・ホラー


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