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SF・ファンタジー・ホラー

– アイサイ – 第4章

   

 美人で若い妻との骨も蕩けるようなセックスの日々。
 可愛い息子と戯れる毎日。

 満ち足りた生活のはず──なのに、記憶が無い為に男はこの生活がホンモノであるのか信じる事が出来ない──。

 彼は苦悩する。自分は誰なのか──と。

 

 夕食後、薬を手渡された時に杏子に前もって考えていた事を訊いてみた。あくまでさり気無く──。
「この薬、いつまでの分があるんだ? 次に病院に行くのはいつくらいだ?」
 薬を眺めながらの普通の質問として杏子に振ってみた。すると、
「うん。まだまだたくさんあるから暫くは大丈夫よ。ほら、家には弥一が居るでしょう? 今はあなたが相手してくれているから助かっているけど、前は私一人きりだったからあまり家を空けられなかったのよ。だからその分、多めに貰っておいたの」
「そ、そうか……」
 薬を見つめながら杏子の言葉をよ~く噛み締めるように聞いた。
 矛盾は無いように思える。辻褄も合う。しかし、上手くかわされたとも言えた──。
 俺は表情に出ないように注意しながら弥一をだっこし、次の質問を切り出した。
「病院といえば……、そうそう。事故ってからずっと仕事しないで家に居るんだけど金はどうしてる? 大丈夫なのか?」
 あくまで生活を気にする大黒柱的に──。
「うん。大丈夫よ~。今は専業主婦やっているけど、弥一が産まれるまで私も働いていたんだから、あなたが元気になるまでくらいの貯えはあるわ」
「そうか……。…………お前がやっていた仕事って何だっけ? つーか、俺の仕事って何だっけ?」
 生活費は問題無いとして、杏子が何をやっていたのか? 連鎖的に俺は何の仕事をしていたのかという疑問が沸いた。
 訊いてもよい内容なのかどうか、数瞬考えたが、自然な問いだろうと判断して口にした。
 どうせこれもあっさり答えられるだろうと──と思っていたのだが、杏子の反応は予想外のものだった。
「え? えっ? ん~と、ん~~っと……、ああっ! あなたの仕事ね? えっと、工場勤務よ。詳しい事は難しくて解らないけど、何かの電子部品を造っているって言っていたわ。あははっ!」
「ん?」
 明らかに動揺していた。こんなに慌てた杏子を見るのは初めてだ。
 どっちだ? どっちの質問だ? 両方か? ──いや、そうじゃない。俺の仕事の方はあらかじめ答えが決まっていた感じだ。考えて答えた訳じゃない。こちらは本当の事なのだろう。とすると──
「お前の仕事は?」
「あ、うんっ。あのね、……普通の事務よ! うん。そうっ。普通の会社でOLみたいな事をしていたのっ! あらやだっ、それも覚えていないのね? あははっ」
「…………」
 こっちだな。間違いない。杏子は自分の仕事が何をしていたかを隠した。それを知られるのは何か拙いのだ。──そこに何かある!
「……そうか」
「うん。そう」
 笑って誤魔化す杏子。俺は無関心を装い、弥一から視線を逸らさなかった。
 今はこれいくらいでいいだろう。深入りしない方が吉だ。だがこれで確信した。杏子には──、この家には──必ず何かある!

「いててて……」
 俺は身体中に走る鈍痛で目を覚ました。部屋の中は真っ暗だ。まだ夜中なのだろう。時計を見ると、二時半を指していた。納得。
 隣では日課となっている情事を終え、いやらしい下着姿のままの杏子が安らかな寝息を立てている。毎日たっぷりと俺の子種を注いでいるんだ、もう妊娠しているのかもしれない。
 杏子の綺麗な寝顔を見ながら、俺の精子でこいつを孕ませたのかもしれない思うと異様に興奮した。男なら誰しもそうだろう。
「……あ、そういえば」
 そこで俺は夕食の時に質問する事に気を配るあまり、渡された薬を飲むのを忘れていた事に気付いた。薬は今もパジャマのポケットの中だ。この身体の痛みは昼間飲んだ薬の鎮痛効果が切れたものなのだろう。
「薬飲まなきゃ……」
 そうは思って枕元に置いてあった水を取ろうと手を伸ばした時だった。
「んっ?」
 ──いつもの自分とは何か違う。
 身体が痛いというのもあるのだが、もっと他に──頭だ! 気分だ!
 寝起きだからまだ頭が完全には働いていないというのはあるのだが、それでもここ数日味わっていたぼんやりとした感じが減った気がする。
 普段は、ぼおっとしてばかりで思考能力が失われていた。考えようとすると逆に頭が痛くなった。
 だが今はどうだろうか? 大丈夫。段々目が冴えて来た。頭も──澄んで来た。
 これはいったいどういう事なのだろう? 考えるまでもなかった。──薬だ。
 おそらく杏子から渡されていた薬には本当に鎮痛剤も含まれているのだろう。だが、その他に、思考能力を奪う何かも入っていたんだ!
 ──いやいや、まだ解らない。たまたまかもしれない。決めつけるのは早計だ。
「……うむ」
 どちらにしろ、これは試してみる必要がありそうだ。身体は痛いが、薬を飲んだ振りをして、身体から薬の効果を消してみよう。まずは朝食の時だ。
 そう考えると、薬を持ったままなのは杏子に疑われる。中身だけを処分する方法を考えなければ──。
 頭がどんどん冴えて来た。考える程に眠れそうにない。今夜は久しぶりに夜更かしになりそうだ。なぁ~に、昼間寝る時間はたっぷりあるのだ。構うものか。

 

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