幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

サクリファイスⅡ 完結編1

   

クロニクル篇から、現代へ。
現代のシャルルは、昔と随分違う平和で退屈な毎日を過ごしていた。

オカルトファンタジー第二弾!!

 

 上空を、一機の飛行機が飛んでいた。地上からは音もなく、ゆっくりと見えるそれは、長い尾のような雲を一直線に引いていた。
 シャルルは、思った。ライト兄弟が空を夢見た日から、どのくらい年月が流れたのだろうかと。何も変わらない自分とは反対に、世界は確実に変化を遂げている。
 自分達を苦しめた魔女狩りですら、もはや遠い伝説となり、悪魔の病気であったペストも悪魔の病とは言えなくなっていた。
 大きな戦争では、人間の残酷さを改めて感じた。医学や技術の発達には、度肝を抜いた。
 人間とは、残酷であり、そして未知の可能性を秘めた生物なのだ。
 シャルルは、本屋で一冊の新刊を手にしていた。それは、自分が売れない作家に書かせた自分自身の伝記であった。本を手にして、薄暗い路地を駆け抜けると、ぼろアパートの入口に飛び込んだ。
 二百年前の出来事である。妻であるロザリーナと最初に過ごしていた屋敷があった。本が出版されるのを知って、彼女を待つためにこの地へ戻ってくると、屋敷のあった場所にはこの古いアパートが建っていたのだ。
 迷わず、シャルルはこのアパートを住居として契約した。アパートはファミリー向けで、一人で住むにはいささか広すぎるように感じたし、マルシェやスーパーからはいささか遠いように思えた。けれど、妻が気に入っていたあの部屋のように、窓から海が見える事だけで、シャルルは大きなメリットを感じてた。
 暫くしてシャルルはこのアパート、もしくは部屋を購入しようと考えた。しかし、大家は年輩の女性で、アパートは亡き夫の唯一の遺品だと言うから、それを諦めざるを得なかった。
 シャルルは、独り。このアパートで、妻ロザリーナを永遠に待つことにしたのだ。
「お帰り」
 帰宅早々、シャルルの足音を聞いて、隣の部屋の老婆が顔を出した。奥からお下げ髪のそばかす娘ジャネットの声がした。
「シャルルなの? ちょっと待って」
 何事かと思い、足を止めるシャルル。暫くして、彼女が顔を出した。
「今ね、クッキーが焼けたのよ。良かったら、持っていって」
 焼きたてのクッキーはまだ熱く、皿から僅かに湯気が上っていた。
「こんな時間に?」
「明日、ティーパーティをするのよ。少し作っておかないと。本当はシャルルも呼びたいのだけど、女の子限定なの」
 ジャネットは、少々残念そう。
「そうなんだ。女装して参加しようかな」
 ジャネットが、笑った。
「冗談はさておき、今夜は冷えるから風邪を引かないようにね。クッキーは、部屋で頂くよ。ありがとう」
 彼女は笑ったまま、コクリと頷いた。そして、ふと気付く。
「シャルル、本屋に行っていたの?」
「ああ、待っていた新刊が今日発売したからね。散歩ついでに買ってきたんだ」
「そう。どんな本?」
「オカルトの悪趣味な小説だよ」
 ジャネットは、値踏みするようシャルルと本を交互に見た。
「私も読もうかな」
 ぽつりと、漏らす。
「そう。じゃあ、読み終わったら貸すよ」
「ジャネット! ケーキが焦げるよ」
 キッチンから、老婆の声がした。
「いけない! パウンドケーキを焼いてる途中だったの。またね」
 シャルルの返事を待たず、ジャネットは慌てて玄関の扉を閉めた。扉の向こうでは、彼女の悲鳴と慌ただしい足音が響き、ついでに皿が割れる音がした。シャルルは、つい笑ってしまった。
 部屋に戻り、紙袋から先程購入した本を取りだした。
 ――サクリファイスとプロメテウスの火。クロニクル談。
 表紙には、そうタイトル付けされていた。
 厚みのあるハードカバーをめくり、本文を読み上げた。紅茶を飲みながら、ジャネットのクッキーを食べながら……。時には苦しく、悲しく、愛おしくなった。何より、懐かしく尊い時間であった事に偽りはなかった。
 シャルルが、本を読み終えた頃には夜が来て、日が昇り正午を迎えていた。隣のジャネットの部屋に数人の女性の声と足音が響き、ふとその事に気が付いたのだった。
 同時に、腹が減っていることにも気が付いた。ジャネットのクッキーは皿からとうに無くなっており、仕方なしにキッチンへと向かった。シリアルの箱を手にして皿の上でひっくり返すと、シリアルは皿の半分も無かった。パンの棚を開けるが、堅くなった小さなバケットが一つだけ。更に隣の棚を開けると、未開封のパスタとミートソースの缶詰が二つずつ並んでした。
(めんどくさい)
 小さく溜め息を吐き、シリアルを入れた皿をパンの棚に入れて、外出の準備を始めた。

 

-SF・ファンタジー・ホラー