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SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 1

   

 岱馳 歩夢(だいち あゆむ 26歳)は、一年前に起きた出来事のせいで、人生の生きる意味について意気消沈していた。
 新年が明けたばかりだというのに、鬱蒼とした日々をすごしていた。が、唐突に爽快な気分で目覚めた。
 なにが起因となって清々しい気分になったのか不明だが、たしかに岱馳の体内に蔓延っていた毒素のようなものが解消されていた。

“岱馳は、死んでいた。一年前のあの日から、彼女と一緒に…”。

 そして、それから孤独に生きていた。生かされていた。生きたくもない現実に、彼女のいない暮らしに、空虚な世界は狭い自分の室内でも無にひとしかった。

 そして、きょう変わった。
 岱馳はテレビを観るも、その内容はニュースばかりだ。求めている情報を欲していた。
 交通事故の情報だ。轢き逃げというあくどい犯人は、我が者顔で社会でのうのうと暮らしている。
 非道な輩を岱馳は、捜している。それはある理由によってだ。
 吉報がないせいで、岱馳のメンタルは低下していくばかりだった。

 一匹の子猫と偶発的に出会う。道路をむりに渡ろうとしたときに、車に轢かれそうなところを奇跡的にも岱馳は救った。それからというものの、おかしなことが起こりはじめる。

 なにがいったいこの猫と岱馳を引き合わせたのか。

 

 岱馳 歩夢(だいち あゆむ 26歳)は、最近のしかかる不快な目覚めとうってかわって清々しい気持ちで朝を迎えた。
 何がいつもとちがうのか、それはわらない。明瞭さ、ちがう。起きた時間、ちがう。空気の鮮度、ちがう。かぐわしい香り、ちがう。いずれも毎朝感じるものばかりだ。なら今日はいったいなにがちがうというのか自問自答したところで答えにたどりつかないまま忘れてしまう。
 百貨店で買ったアナログな置き時計を見ておもわず睨みつけてしまった。長針短針の先が仲よく下をむいて重なっていた。
「おまえたち、抱きあうなよ」
 意味もない干渉に愕然となる。もっと眠りたい。こんな時間に起きたこと、なぜ目覚めたのか己を罵る。すぐに頭が冴えて活発に活動できる人間が本当にいるのか、今度リサーチでもしてみるか。生きることに絶望的なまでの暇があったときにツイッターでつぶやいてみる。共感者がいるだろうか。調べるだけの価値が、今の岱馳にはある。

 重いまぶたにはべっとりとした汗が張り付いているような眠たさにさいなまれていた時期を、長いあいだ過ごしていた。体の気だるさは縄でぐるぐる捲きにされたように引きずり、足取りは軽く羽毛布団のような軽快さがあった。体内の血流が速やかに流れている。ドロドロとした沼のようなこびりつくような感じではない。今日はなぜこんなに軽快なんだ。生きている実感がある。
「この感じ、ひさびさだな。懐かしい、あの日いらいだ…」

“そうだ。おれは死んでいた。一年前のあの日から、おれも死んだのだ。彼女と一緒になって…”。

 生きる希望やなにやらを失ったあの日からずうっとこの世界に肉体をもつ死人なのだ。だれも葬式をしてくれない。埋葬をしてくれない。お経をよんでくれない。線香を灯してくれない。周りはまだ死んだことにしてくれないのだ。死んでいる扱いをしてくれさえすればどれだけ救われるか、いまはそれがいちばんの懇願でならない。

 カーテンを開けると、真っ青な空が広がった。これだけ晴れた空を見上げるのも久しくおもう。
「こんなにも空って青くなるんだっけ」まるで小学校の理科の時間だ。先生に質問しているような幼稚な発想が自身を痛く思う。
 だが、岱馳は素直に、幼い子どものように感動してしまった。おもわず太陽光をめいっぱい浴びた。吸収しているかのように体は自然と受身になっていた。頭のなかではどうでもいいことだと思っても体が欲していた。全神経が脳に訴えかけているように体が光を浴びていたいとそれを判決したのが脳なのだと、ほかの意識や感性は抗うことはできなかった。機能のすべてはいま充電中なのだ。

“だれかおれの名を呼んでほしい”。
 孤独でいることが胸を支配していた。
 このままでは名無しで余生を生きなければならない。自分の名前を忘れてしまいそうだ。だれか呼んでくれなければなにもかも忘れるだろう。その方が好都合でもある。他人が名前を呼んでくれなければその人の存在は消えたにひとしい。一人暮らしの虚しさがいやというほど身にしみる。電話もならないし訪問者もこない。時期がわるい。
 孤独な時間を過ごすはめになったのも、一年前のある出来事のせいにして、死人のようにしながらもこの朝を迎えた。

 いつまでも光合成をしていたいが、人間は植物とちがいすぐに肌が乾いてしまう。ヒリヒリしてきた。頭をガサガサと手で掻いた。指先で毛髪がどうなっているか探る。
 洗面台の鏡を一見して驚愕だった。寝癖などいままでついたことない。そんな覚えはない。台風に吹かれたような、いやもっとひどい。ジェットコースターを云十回乗り、スカイダイビングで急降下したような爆発的な頭になっていた。結局、休日の朝から髪を洗った。そのまま顔を洗う。シャンプーまでしなければ整うことはなかった。決心が速い。判断がスムーズに降りてくる。脳が急速回転しているのがわかる。気分まで洗いながされすっきりした気持ちになった。
 洗濯機に寝起きの衣類を放りこんだ。ほかのものも分類し洗剤を入れてスイッチを押した。どうでもいいはずの人生にわざわざ衣類を分類までしてしまうのはこれまでの人生観において几帳面に育てられ、伸ばしてきたからだ。
 ワイシャツ、ティーシャツ、ボクサーパンツ、靴下、ハンカチをそれぞれ分類にわけ洗濯ネットのなかにいれる。いつもこまめにこうして洗濯をしている。

 腹が空いた。台所にいって手早くできるものを考えた。食パンが二枚ある。袋には賞味期限がない。保存用の袋に入れ替えたのを思いだした。「しまった」これでは食べれるのかどうかわからない。匂いを嗅いだ。小麦のいい香りがする。パン生地は弾力があり柔らかい。感覚でわかる。「食べ頃のパンだ」
 レンジのオーブン機能をつかって軽く片面を焦がした。焼けばもっとうまさが増すし安全に食べることができる。焦がしていない面を両合わせにしてベーコン、卵をスクランブルにして挟んだ。ソースはマヨネーズとからしをたっぷり、十分に濃い味つけにした。味覚に刺激を与えたかった。ヨーグルトは市販のものをカップのまま用意し、野菜ジュースをコップに注ぎテーブルに並べた。簡単だがなかなか見栄えのいい食卓になった。といいたいが、これが朝食のプロセスなのだ。これにコーヒーを食後に飲む。

 

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