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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<9> 〜付箋紙ラプソディ〜

   2015年5月8日  

最近、付箋紙の用途がぐっと広がってるって知ってた?
TODOリストに、しおり代わり、それからインデックスシートもあるのよ。
今回のお客さんは、お財布に買う本の名前を貼って入れているの。
すごいわよね。でも、このお客さん、なんだか調子が悪そう。
大丈夫かしら。
『付箋紙ラプソディ』開店します。

 

付箋紙ラプソディ

 毎度ありの言葉もなく、古書店の軒下から出て行く。
 ここも空振り。
 かなりの信憑性があったのだが、見つからなかった。
 いったい、目当ての本はどこにあるんだ。
 これがなきゃ、俺の論文は完成しないってのに。
 溜息をついた俺は、ビーチサンダルを引きずりながらとぼとぼ家路に着いた。
 急に明るいところに出たからか、一瞬、くらっとする。
 疲れているんだろう。
 ずっと根を詰めていたし。
 だが、いつものことだ。
 すぐ治る。
「それよか、本だよ、本……」
 月世野には神田神保町から移ってきたという古書店街がちょこっとあるからと、夏季休暇を利用して月世野の実家に戻ってきたのがつい先日。そこでずっと探している専門書の背表紙を追いかけていたのだが、一向に見つからない。
「仕方ない。休みが終わる前に国会図書館だ」
 とはいえ、月世野の下の町(月世野が山間なので、下っていく、つまり下に向かうから下の町と地元では言う)でカツカツの一人暮らしをしている史学科の修士生にはかなり厳しい出費だ。片道だけで一万は飛ぶ。
 おまけに悲しいかな、いつでも軽い財布の中身は、月世野に帰ってきたらさらに軽くなり、千円しかなくなった。
「昼飯どうしようか。家になんかあるかな……」
 仕事に出ている父は当然いないが、パートに出ている母もいない場合がある。作ってもらおうなんて気はさらさらないが、母が帰ってこないと食品が補充されないことが実家では多々あった。
「……コンビニでなんか買ってくか……」
 二つ折りの財布を開くと、白茶けた付箋紙がぺろっとはみ出した。『多言語民俗史』。それが探し求めている本のタイトルだった。そろそろこれも書き直して貼り直さないと落ちる。もっとも落ちたところで覚えているのだから、あまり気にはならなかったが。
 俺は、財布の内側に買う書籍のタイトルを付箋紙に書いて貼り付けている。そうすることで、買い忘れを防げる。げんに今も、『多言語』も含め五つほど細い付箋紙を貼っている。肌身離さず身につけていることで、必ず見つけるという願掛けにもなっているのだ。一回、絶対に見つからないと思っていた古書が、この付箋紙のおかげで見つかったことがある。俺の財布を見た古書店のおばちゃんが「あるよ」と教えてくれたのだ。
 気の持ちようだと分かっているが、それ以来、ずっと財布に貼って持ち歩いている。
 それに、付箋紙はタスク管理にいい。
 研究室のみんなはパソコンや手帳で管理していたが、俺は断然、付箋紙派だった。
 画用紙を四等分して左上から順に今日やること、終わったこと、今週やること、終わったことを貼り付けていく。
 簡単で便利だ。なにより付箋紙は使っても心が痛まないほどに安い。百均に行けば、二百枚で百円だの三百枚で百円だの山のようにある。
 そこで、ん? と自分の頭に引っかかっていた棘が抜けた。
「あ、やべ。付箋紙終わってたんだ……」
 あー……と声をあげ、空を仰ぎ見た。この町の百均はたしか潰れてた。今は空き店舗になっているのを来るときに見たのだ。
 さて、どうするか。
「コンビニに、付箋紙なんかあったっけか?」
 高校生までは過ごしていた土地なのに、離れているからかずいぶん忘れてしまう。うんうん唸っていたら、ひとつ思い出した場所があった。
「福永文具店!」
 高校生のときに何回か買い物をしたことがある。厳ついおっちゃんが切り盛りしている文具屋だ。あそこならあるだろう。
 電波状況の悪いスマホで「福永文具店 月世野」で検索すると、地図アプリが開く。俺は矢印を辿るように、帰り道を逆方向へと向かっていった。

 

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