幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ショート・ショート

止時竜の敗北

   

ある売れない雑誌記者は突然の豪雨に見舞われ見知らぬ酒場に入った。

そこは雰囲気の良いパブだったがバーテン以外、人の姿は見えず、バーテン自身、いまいち年齢が分からなかった。

ひと心地ついた記者だったが、財布を忘れてきたことに気付いた。困り果てているとバーテンが小さく微笑んだ。
「私の話を聞いて下さったらお代は頂きません」と。取材のネタ探しと雨宿りの両方ができると、記者は願ってもない話に飛びついた。

バーテンが静かな声で話し始めたのは、五年ほど前、あらゆるジャンルで力を発揮していた時田 竜止についての話だった。

様々な不正によって勝ち続けていたと今では言われている時田だが、実際のところその実力は本物だった。しかし時田の勝利を支えてきたのは才能や努力ではなく、あることがきっかけで授かった「時を止める能力」と「任意で老化を止める能力」のためだ、とバーテンは切り出したのだ。

良くある「最強論」か、と記者は、半ばうんざりして聞いていたが、バーテンの話には意外にも説得力があり……

時間を長期間止めてくる能力者に勝つには? というお話です。

 

 急に雨が降り出し、傘も持っていない私は完全に慌てた。
 春先とは言えまだまだ肌寒く、濡れれば風邪を引いてしまいかねないこの状況は正直嫌なものだ。
 一日足が棒になるまで歩いて話の一つも見つけることができず、おまけに体調を崩したのでは、記者仲間に笑われてしまう。
 雨宿りできるところを探そうとしても、この辺一帯はみな更地になってしまっている。
(おや?)
 どうしたものかと思っていると、視界の先に小さな建物を見つけた。
 落ち着いた感じの造りで、年季の入った木材を用いた屋根や扉は、いかにも良質なパブというたたずまいだ。
 人が騒ぐ気配はないが、ささやかな明かりが周囲に漏れ出ている。
 私は、心の中で快哉を叫びながらその店に飛び込んだ。
「ごめん下さい」
「ようこそ、おいで下さりました」
 私の挨拶に、低く深みのある声が応じた。きっちりとした洋装をまとったカウンターに立つバーテンダーが口を開いたのだった。
 店内には彼以外店員はおらず、また客の姿もない。
 しかし打ち捨てられているかというとそうでもなく、年輪を感じさせる雰囲気にも関わらず店の中は完全な清潔が保たれていた。
 私は、白黒TVの頃の二枚目俳優を思わせる端正な顔をしたバーテンダーに好感を抱きつつ、カウンター中央の席に座った。
「いやあ、本当に参りました。いきなり降ってくるんですからね、傘も何も用意していませんでしたよ。おまけにこの気温では、店主が店を開いて下さらなかったら、ひどい風邪を引いてしまっているところでした」
「だとすれば私の方こそ、お客様に感謝すべきかも知れません。酒場というのは人に楽しさを提供する場ですが、なかなか健康を提供したり、病気になるところを助けたりという機会には恵まれませんからね。……よろしければ」
 店主は私の言葉にあくまで丁寧に応じつつ、湯気の出る透明な液体を差し出してきた。
 口に運ぶ。
 何の味もついていない、人肌よりもやや温められたお湯だ。
 私の冷えてしまった体をおもんばかってくれたからこそのチョイスだろう。
「ありがとうございます。温かいカクテルか何かを頂けませんか」
 ここはいい店だ。多少財布の中身が寒くなっても、体を温めてくれた礼はしなければ。そう思って私は酒を注文することにした。
 店主はまったく物静かだったがバーテンダーとしての腕は大したもので、目でも喉でも私は楽しむことができた。
 数杯のカクテルを飲み干ししばらくすると、心地良い浮遊感と熱が全身を包んでくるのを感じた。
 だがそれは長続きしなかった。

 

-ショート・ショート