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ショート・ショート

キョウビの世界

   

引きこもりの仁科 修は一月ぶりに会う両親と口論していた。

その理由は、修が、感染するとルックスが良くなるウィルス、通称「美形化ウィルス」と呼ばれる物質が含まれた注射を打たないと言い張っているからだった。

アフリカで発見された美形化ウィルスの広がりは凄まじく、今や極東の島国をも支配しようとしていたが、メリットが大きく、本人識別もできるために抵抗しようという動きは出てこなかった。

しかし修は気が乗らず、注射を勧める両親を置いて、家を飛び出してしまうが……

容姿による差異から解放された社会とは一体どんなものなのかを考察した小話です。

 

「冗談じゃない。俺はそんなのはごめんだ。訳が分からん」
 今年で二十三歳になる仁科 修の言葉は、一月ぶりに会った両親にぶつけるには、いささか痛烈の度が過ぎていた。
 美形と言われたことはないが、父親と瓜二つと長らく言われてきた顔が、怒りで青ざめている。
「そんなことを言わないで、修。あなたにとってこれはチャンスなのよ。次回以降は有料になっちゃうなんて話もあるんだから」 
 ただならぬ剣幕の修をなだめるのは、彼の母親の智子である。
 すかさずの気配りは、かつて、ずんぐりした体型と顔立ちから「優しいクマさん」と子供たちに大人気の保育士さんだった頃とまったく変わっていない。
 もっとも、修の目前で座っている彼女は、近くに置かれたDVDのケースに映った女優よりもスリムで、目鼻立ちもくっきりとしている。
「構わねえよ。なる気がないんだから。大体、引きこもりの俺が外見を気にしてどうなるんだよ。見てくれがマシになったからって、どうにもならねえって」
 修は、一年前よりも明らかに魅力的になった母親に対し、悪態をついてみせた。
 修の髪はぼさぼさに伸び、着ているパジャマもかなりくたびれている。かつて、学生スポーツで鳴らした面影は見えない。
 今の修は、いわゆる引きこもりなのだ。
 それも、全ての家事からエネルギー確保までを完全にこなせるほどの生活力がある。言わば本気度が高い引きこもりということになる。
「それは違うぞ。修、冷静になるんだ」
 修がため息をついたタイミングを見計らうように、修の父、淳一が口を挟んできた。
 修とは対照的な貫禄のある顔立ちと体型が、座っている姿に説得力をもたらしている。
「なるほど、確かに今の生活を送っていれば人目を気にすることはない。しかし、そもそもベストを尽くしていたなら、この生活を選んでいなかったはずだ。何しろお前は本来、運動部でリーダーだったぐらいの人間なんだ。社交的な生き方の方が好きなはずだろう」
「やめてくれよ!」
 修はついに檄高した。
「そんな積極的に選べることじゃねえだろ。『感染』してるんだぜ。感染して、もう戻らなくなっちまってるんだぜ。不慮でってんなら全然いいけどよ、わざわざかかりに行くのは絶対に『違う』だろう。父ちゃんも母ちゃんも、あれだけズルには厳しかったじゃんか」
「しかしまあ、状況と言うものがある。造形やスタイルを指定しているわけじゃなし、ここは簡単な選択を……」
「いい加減にしろ!」
 ついに我慢ができなくなった修は、壁にかけてあったジャージを掴み取ると、そのまま自室を飛び出してしまった。
 残された両親は、眉をしかめ、整った顔を見合わせた。

 

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