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SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 5

   

 梶原、富士、坂下、柴田、林、市来が昼休憩からもどる際に、岱馳をみつけた。猫がいることに視線が移る。ありえない光景に、同僚たちは興奮していた。
 特に、柴田 明日香が猫が好きなのか、これまでにないほど感情が高ぶっていた。
 猫との出会いなどの経緯を話すも、女たちがどうしてもこういうカワイイものを見ると、想像力を膨らませすぎるところが厄介だった。
 いちいち質問が多く、それでいて勝手に猫を中心にして話を盛り上げるのだ。
 そんな中、坂下は冷ややかな目をむけていた。
 猫で盛り上がっている場合ではない。会社にきたなら仕事が優先だ。といっているような見下している目つきだった。それは岱馳の不甲斐ない態度にむけられていたことを、わかっていた。

 猫に名前をつけていないことに、同僚たちは適当に名づけようとしているが、岱馳にとってはどうでもいい。猫、と呼べばくる。ただの野良猫。いついなくなるかもしれないというのに、わざわざ名前をつける必要もない。
“我輩は猫である、名前はまだない“。なんかの作家であったな。だから夏目でいい、といったが、梶原が却下した。

 この日は初日ということもあり、これといってトラブルもなく仕事が終わる。そして、猫と帰宅する。
 これが毎日になると思うと気が滅入るが、それも慣れるだろう。

”あれいらい”、岱馳は一人でいることに逃げている。仕事も休み、一人旅をして、どこか遠くへ行こうとする。それはまるで、あのひととの思い出にすがるようにして、止まった時間の世界に逃げ込んでいるようだ。
 おそらく坂下は、そういう岱馳の考え方が好かないのだろう。

 

 梶原、富士、坂下、柴田、林、市来の登場だ。だれがいま名をいったのかわからない。女性の声だ。あまりの反応のわるさに気づかなかった。なんとなくだが、柴田 明日香の声だと思いだす。別にどうでもいい。やはり岱馳だけがそこにいなかったことが証明されてしまった。六人はいつものように輪となって食事をしていたと察する。なにか小言をいわれると視線をそらしたかったがその必要はなかった。集団のほうが視線をそらした。ほんの少しだが、視線が岱馳の右側へと流れたのをみた。物珍しい顔でそれをみている。たしかにその集団に岱馳もいたら、その存在に視線は誘導されてしまうだろう。そこにはあれがいる。猫だ。
 露骨にみているのが明日香だ。こいつは猫が好きだったのか、異様な輝きのある瞳でみつめて微笑んでいる。アホの顔だ。みているだけでツッコミをいれたくなる。
「どうしたのこの猫、野良?」
 明日香のその質問は絶妙といっていい。たしかに野良ではある。気になる野良だ。正式に家族にした覚えはない。式典で受賞したわけではない。勝手についてきた猫だ。しつこい猫だ。女三人はかわいいかわいいと連発して寄ってきた。ハイエナだ。それだと猫がこまる。ハイエナにしてみたら絶好の獲物ではないかこのチビ猫は、人のみだ。女にしてみたらまるでぬいぐるみ扱いだ。生き物だぞと指摘したい。しかしなにを言っても聞く耳はない。
「自宅から勝手についてきた」
 明日香の質問に素直に答えてしまったのが運の尽きだった。女たちの思考回路にはこうよぎった。岱馳が歩けば猫がついてくる。何も言わずに勝手についてくる。イコールそれはとてもかわいい。女にとって、そんなうらやむようなビジョンが映像として前頭葉あたりにでも映しだされたのだろう。たしかに動物が黙って人の足跡をたどるようについてくるのは気分がいい。自慢できる。しかし岱馳はそれを恥じていた。周囲の人の視線が気になって窮屈だった。街の人たちはうらやむ気持ちの視線ならまだ救われるというものだ。
 明日香が猫を抱きしめた。撫でなでしながら頬ずりまでしている。野良猫ではないから不潔なことはない、と思っているのだろう。猫をベランダにおいていることをまだ話していない。同僚たちに顔を背けてはにかんでしまった。猫は苦しいのかなんなのかわからないが明日香の抱きしめる腕のなかからもがくようにして這いでてきた。そのまま主に飛びつくようにして身を丸めた。その姿はまさに忠実な愛猫とでもいうのか、同僚たちはその行動を見て感動を与えた。
「茶番だ」岱馳はつぶやいた。その声はだれにも届いていなかった。猫の忠誠心なんかどうでもよかろう。
 かわいい。ほしい。あたしが飼いたい―、女たちの視線が一匹の猫にそそがれていた。猫は意外にも感知力がある。その視線の意図することが解釈できたように、猫特有のゆったりゆっくりと動き、あとずさるようにして岱馳の背後へと身を隠した。
「この猫とどこで出会ったの?」いつも冷静でおっとりとした林 めぐみがきいた。
 遅ればせながら説明した。
 猫の命を、身を呈して救った。そのあとずっとついてくる。ここ数日、猫と暮らすことに周囲から羞恥する場面が多いこと。猫のように間抜けになったような錯覚を味わっている。猫を助けたことを後悔している。迷惑になっている。部屋で猫は飼えない。野生動物だ。一匹で生き抜くちからが育たない。人間と暮らしているとペットのほうが人間と錯覚しているようなことをたまにみせる。鳴き声がおかしいときがある。行動もありえないようなときがある。説明できないが覚えがある。ペットの話になればここが変だとかならずひとつは話題がある。それだけおもしろく身近な存在がペットだ。突き放したい気持ちはある。だが考え直そうと思っている。猫の必死なまでに追いかけてくるいじらしさ。けぎらいしてもしかたがない。結論だけを急がず、猫とじっくりむきあってみるのもいいだろう。
 輪になって猫の話しで盛り上がっていたところでいちばん冷めた男が切りだした。
「おい、もう昼休みおわるぞ」坂下だった。

 

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