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幻幽綺譚<3> 物忘れ

   

 最近、物忘れが多いんです。老化が始まったんだろう? それならいいんですが、幻幽な冥界に引きずり込まれている兆候が物忘れではないか、という心配がありまして……。

 

 そのホテルの名前も場所も、伏せておくことにする。
 ある大都市に最近出来た、超高層のデラックス・ホテルとだけ言っておく。
 私は、そのホテルが完成するのを待ち望んでいた。
 そして、完成すると、ホテルに入り浸るようになった。
 出来ることならば、ホテルに泊まりたい。
 だが、そんな金はないので、ホテルのコーヒー・ルームを頻繁に利用しているのであった。
 私の職業はライターである。
 いろいろな所に雑文を書いて糊口を凌いでいる。
 例えば、映画の紹介、レストランの評判記、潜入ルポ、などなど。
 文章を書いて、それが売れるのであれば、何でもやってきた。
 いちばん楽なのは、アダルトDVDの紹介である。
 どうせ内容は大同小異なのだから、定型の文章を用意しておいて、それを適当に変えるだけで、一丁上がり、である。
 それと、ゴーストライター。
 これもおいしい。
 貧乏な境遇から会社を興して一代で成功させた人間は、ほとんど例外なく、自叙伝を書きたがるものである。
 書く、といっても、自分には文才がないので、ゴーストライターに依頼するのだ。
 これにも定型がある。
 少年時代は貧乏であったが、歯を食いしばってがんばった。
 人に使われて苦労をし、独立しなければ駄目だ、と悟る。
 会社の経営を始めてから、数回は、人にだまされて倒産寸前まで行く。
 それでも、優しい心を持っているので、人を憎まない。
 その優しさが、ついには成功の鍵となる。
 そして功成り名を遂げた現在、これからは金の事を忘れ、社会のためになることをしようと思う。
 まぁ、ざっと、このようなプロットである。
 危険なのは、潜入ルポ。
 風俗や新興宗教、社会の裏にはびこる非合法な仕事、などなど。
 これはもう、マジに危険である。
 麻薬取引の現場を取材したときなど、拳銃を突きつけられたことがある。
 あのときは、本当に死を覚悟したものだった。
 もちろん、このような雑文業に満足しているわけではない。
 私が本当になりたいのは作家である。
 このホテルのような所に長期滞在し、ベストセラー小説を次から次へと書く――。
 これが私の夢である。
 しかしながら、まだ作家ではないし、泊まる金もない。
 せめてホテルのコーヒー・ルームで、作家の雰囲気を味わおう、というわけなのである。
 こういうことで、このデラックス・ホテルが完成すると、コーヒー・ルームに入り浸っているのだ。
 今日は、『犬猫小鳥熱帯魚』という雑誌の編集者と待ち合わせているのだ。
 私は、予定の時間より少し早く来て、小説のアイデアを考えていた。
 小説を書いて、文学賞に応募し、特選になり、華々しくデビューする、こういう目論見なのだ。
 何か小説のアイデアはないか?
 とりあえず気になるのは、このホテルである。
 というか、ホテルの建っている土地。
 昔、陰陽師の取材で見つけた古文書によると、この土地は呪われているのだ。

 

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