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童話

はなのほし

   

山の中にある小さな草原。
草原の片隅、古老の巨木の根本に根を下ろす、青い花、白い花、黄色い花、紫の花、そして赤い花の兄弟。
毎年美しい花を咲かせる彼らだったが、その心根は醜くおぞましい。
「誰よりも美しく咲く」ことではなく、「他のものがいなくなれば自分が唯一の花になる」と考える彼らは、いつしかその美しさにそぐわぬ汚れた手法を取り始めた。
花の命令通りに動く奇怪な黒い芋虫を使って、他の邪魔な花達を食い殺し、枯らしていったのだ。
他の花がけしかけた芋虫達に襲われながら、幸運にも一命を取り留めた赤い花の兄弟は、その脅威に怯え、悪意を持って争うことを否定し、その愚かさ悲しさを訴え続けてきたが――
可憐な花達の醜いメルヘン。

 

 小さな草原があった。
 低い山の中腹に、山肌を埋め尽くす木々がそっと場所を譲ったかのような、こぢんまりとした円形の草原だ。こぢんまりとしているけれど、日当たりは良く、土も養分をたっぷりと含んでいて、その草原にはいつも、たくさんの草木がそよ風に揺れていた。
 葉影が手招くように揺れ、様々な昆虫が集まり、昆虫を追って野鳥達も空を飛び交い、野鳥を見つけた獣達が足を運ぶ。そこは日々命の豊かさに賑わう草原だった。
 冬が見せる厳格な冷え込みも、近頃では少しずつ温んできた。それが春の訪れによるものだと、草原に根を張る草花は、揺れる茎で、翻る葉の裏で、心地良く感じ取っていた。
 草原の南の隅の大樹のそばに、じきに蕾を開こうとする花達がいる。
 青い花、白い花に黄色い花、紫の花と、それから赤い花が二つ。赤い花は兄弟だ。
 いつも彼らはこの場所で、春になると綺麗な花を咲かせていた。
 けれど皆、自分こそが一番綺麗な花を咲かせるものと信じていたし、実際にそうしようと思っていたから、いつも互いに僻んだり罵り合ったりして、諍いが絶えなかった。
 今日も一番に青い花が、茎を反らしてふんぞり返って偉そうに、他の花達を嘲り笑う。青い花は、皆の中では一番背が高く茎も太いから、佇まいは逞しく立派に見える。
「俺はもうじき、丸々と太ったこの蕾を咲かせるだろう。みんな、その美しさに腰を抜かすなよ。いや、いっそ怖気付いて、その貧相な蕾を開く前に萎んで枯れちまえばいい。どうせ咲かせたって、薄汚くて醜い花なんだろうからね」
 偉そうにものを言う青い花に、白い花がすぐさま語気荒く言い返した。白い花も、青い花に負けず劣らず逞しい茎を持っているし、咲かせる大輪の花はそれは見事なものだ。
「まったく青いのは、何をふざけているんだか。咲かせる前からおかしな事を言っている。お前が咲いて腰を抜かすのは、お前自身がその醜さにだろう。お前こそ、恥ずかしい思いをする前に、その蕾が開かないように縛ってでもおくんだね」
 白い花の反論に、黄色い花が甲高い声でけたけた笑う。こちらは背も低く茎も細いが、連なって咲かせるたくさんの黄色い花は太陽のように明るく眩くて、小さいながらも誰より煌めいて見えるだろう。
「あはははは! そうとも、その通りさ。どう頑張ったって、この中で一番綺麗に咲くのはこのあたしなんだからね、咲かせる前から偉そうに言うんじゃないよ」
 けたけた笑う黄色い花の言葉に、皆が言葉を挟もうとしたが、真っ先に斬り込んで行ったのは、正に刃のような鋭い葉と花弁を持つ紫の花だった。
「お前さんも青い奴と同じ事を言ってるじゃないか。お前さんのみすぼらしいちっぽけな花が、一番綺麗だって? 寝惚けた事を言ってるんじゃない。もうお天道様は真上にいるってのに、いつまで夢を見ているんだ」
 紫の花が馬鹿にして笑うと、腹を立てた黄色い花が今度はきゃんきゃん騒ぎ立て、青い花がそれをまた馬鹿にして、白い花も劣らず声を張り上げる。
 この美しい花達は、いつもこんな風にいがみ合い、罵り合い、嘲り合っていた。だから他の草達からは煙たがられていたが、彼らはそんな事は意にも介さない。
 彼らの関心事は、自分こそが一番綺麗な花だと周りに知らしめる事だけだった。
 自分こそが他の誰より綺麗に咲くために、肥えた土に張り巡らせた根っこから、一杯に養分を吸い上げて、真っ直ぐに充分に注がれる太陽の光を全身に浴びて、誰より綺麗な花を咲かせようと、彼らはいつも一生懸命だった。
 だけれど一生懸命になり過ぎて、彼らは段々と少しずつ、その想いを捻じ曲げてしまった。
 「自分こそが他の誰よりも美しく咲く」のではなく、「他の花が咲かなければ自分だけが唯一の花になる」と思うようになってしまったのだ。
 仲の良い赤い花の兄弟が、弱く吹く風に葉を靡かせながら、弱々しいくらい優しい声で言う。
「まぁまぁ、みんな仲良くしましょうよ。ほら、この柔らかな風、温かいお日様、頭の上では蝶が羽ばたき、根っこのそばではミミズが這っています。こんな良い天気、こんな気持ち良い初春の陽気を、争いごとで穢してはなりません。お互い切磋琢磨して、お互い頑張って蕾を膨らませ、お互い素晴らしく美しい花を咲かせて、お互い称え合おうではないですか」
 そう言う赤い花の兄弟の蕾は、どちらも皆より随分痩せており、咲くにはまだまだ時間が掛かりそうだった。
 蕾だけでなく、茎も細く今にも折れてしまいそうだ。丸い葉っぱはぎざぎざに食い破られているようで、その縁には黒いかさぶたが出来ている。
 二輪の赤い花が穏やかにそう言ったのに、黄色い花はけたけた笑って言い返す。
「お互い美しい花を、だって? あはは、軽々しく口を利くんじゃないよ。あんたはもう、花を咲かせる資格さえないんだからね」
 青い花と白い花も続く。
「蝶にさえ見放された癖に。美しさを失くして弱った奴はみんなそう言うのさ。『みんな仲良く平等に咲きましょう』ってな。自分だけが醜く咲くのが堪えられなくて、俺達まで道連れにしようってつもりだろうが、そうはいかないぜ」
「仲裁よりもまずは自分の身を案じる事だね。もういつ枯れたっておかしくないんだからさ」
 最後に紫の花が、蛇のように地を這う低い声で付け加える。
 赤い花を、根元から断ち切ってしまいそうな、それは恐ろしい声で言う。
「また虫をけしかけられたくなけりゃ、黙って俺達の花に見惚れてる事だ」
 皆から口々に罵られると、赤い花の兄弟はすっかり落ち込んで口を噤んでしまった。
 暖かい日の光は、今もふわふわと天から降り注いでいるのに、季節が冬に戻ってしまったかのような冷たさを、根元に感じていた。
 赤い花の兄弟を欠いた四輪の花達は、また口々に互いを罵り合う。
 赤い花は黙り込んで、皆が互いを傷付け嘲る声を聞いていたが、その内に日が沈んで夜になった。

 

-童話