幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

童話 / 寓話

はなのほし

   

 晴れた昼間はもうすっかり春の陽気だが、夜になると秋のようだ。少し肌寒い。鳥は巣に帰り、昆虫達は葉裏に眠る。
 ずっと罵り合って居た四輪の花達も、罵り疲れて夜はすぐに寝入ってしまう。
 皆誰もが平等に眠りに就く静かな夜、けれど、赤い花の兄弟は、寝付けずに冷たい夜風に揺れていた。
「どうすればみんな解ってくれるのでしょうね」
「えぇ、本当に、一体どうすればみんな解ってくれるのでしょうね」
 仲良く隣り合って根付いた赤い花の兄弟は、眠る皆を起こさないよう小さな声で話していた。
 いいや、気遣って小さな声で喋っているだけではない。
 この兄弟は衰弱している為に、張りのある元気な声が出せないのだ。
 なぜかというと、赤い花の兄弟は前に一度、虫に食われて枯れ果ててしまいそうになった事がある。何とか枯れずに、こうしてまた再び蕾を付けるまでに元気を取り戻したけれど、それでもまだまだ本調子ではない。
 植物が虫に食われて枯れるといえば、ありがちな話だろう。
 けれど、赤い花の兄弟を襲った虫は、他の花達がけしかけた虫だったのだ。
 小さな草原の片隅に咲く彼らは、互いに競い合って、自らの力で、より美しく咲くのではない。
 「自分こそが他の誰よりも美しく咲く」のではなく、「他の花が咲かなければ自分だけが唯一の花になる」と思うようになってしまった花達は、ある時現れた黒い芋虫達に、「頼みを聞いてくれたら、やがて咲く花の、甘くて美味しくて栄養もある蜜は、君達だけに独り占めさせてあげる」などと言って味方につけて、その虫を使って、他の花が咲けないようにしてしまおうと思い付いたのだ。
 そうしてまず真っ先に虫の餌食になったのが、この赤い花の兄弟だった。
 その春は皆より一番先に、誰より可愛らしい花を咲かせた。
 桃色の花を咲かせた。
 赤い花の兄弟の花の色は、本当は甘やかな桃色だったのだ。
 それが今では、滴る血のような、毒々しい真っ赤な色になってしまった。
 虫の唾液に毒でも含まれていたのだろう。きっとその影響で、可愛らしかった花の色まで、毒々しい黒ずんだ赤色に変わってしまったのである。
 その日の夜に、すやすやと眠る彼らの方へ、黒い芋虫達が何匹も何匹もぞろぞろぞろぞろ押し寄せて、彼ら兄弟を食べ始めた。
 一夜にして、咲かせた桃色の花弁は残らず剥ぎ取られ、丸く柔らかな葉は葉脈ばかりになり、茎は削られ根もあちこち千切られた。もう駄目だと思ったけれど、その時夜空がぐずりだし、強い風と大粒の雨がやって来て、黒い芋虫達はそれを嫌い、彼らを食い尽くすのをやめて土の中に潜ってしまった。運よく、この兄弟は寸での所で生き長らえたのだ。悪夢のようなその夜を何とか持ち堪え、兄弟互いに励まし合って、長い時を費やしてようやく今のように、痩せ細っていても確かに蕾を付けられるまでになったのだ。
 自分が虫と手を組んで赤い花を枯らそうとした事を、四輪の花達は隠しもせずに言い切った。
 「また虫をけしかけられたくなければ、綺麗に咲こうとなんてせず、大人しく萎んでいろ」。
 赤い花の兄弟にのみ告げた事ではない。
 四輪の花達は、互いに黒い虫と手を結んでいる事を公言して、互いに牽制し合っていた。
 彼らの険悪な仲を危ぶんだ周囲の草花が、仲裁に入ろうとする時もあったが、そんな時も決まって彼らは黒い虫の存在を脅しに使って黙らせる。他の草花だって虫に食われて枯れてしまうのは嫌だから、誰も強く言えない。
 だけど「脅す」だけならまだいい。
 彼らが根を下ろすこの場所には、他にももっと多くの綺麗で可憐な花々が咲き乱れ、春にはとても鮮やかで華やかな、美しい花畑をつくりだしていたというのに、今ではどうだ。
 青々とした草木は変わらず生い茂っているものの、風に揺れては甘い香りを辺りにふりまき、蝶や蜂を誘っていた多くの花は、その大半以上が大地の奥に眠ってしまった。
 自分以外の花々の美しさを疎ましく思った彼らが、気に入らない奴から順に、黒い芋虫に食わせていったのである。
 彼らの周囲に、年々他の花は咲かなくなっている。蕾をつけるそばから、黒い芋虫に食い潰されてしまうからだ。
 そんな経緯も含めて、彼らは他の草木達から疎まれていたのである。
 周りの誰もを相容れぬ敵と睨み、己だけの栄光と地位の為に、肥沃な草原に咲いた綺麗な花達は、醜悪な手段を用いて牽制し合う。
 誰よりも美しく咲きたいと願う想いは、赤い花の兄弟にも痛いほど解る。
 けれど、純粋な本能の願いが捻じ曲がって伸びていってしまった事が、兄弟は悲しくてならなかった。
 なぜなら、虫に食い荒らされるその痛みを、赤い花の兄弟は知っていたからだ。
 その痛みと恐怖と苦しみと、枯れ果ててしまいそうな絶望を、赤い花の兄弟だけは知っているのだ。
 赤い花の兄弟だけが、痛みを知りながら、今も生きているのだ。
 その痛みは、決して忘れられるものではなく、相手が例え好意を持たぬ見知らぬ者だったとしても、それを味わわせるのはあまりに忍びなく思える。それほどまでに、身に覚えた苦痛は大変なものだった。
 赤い花の兄弟は、何度もそれを訴えた。
「綺麗だろうがそうでなかろうが、どんな花も、二度と咲かせる事の叶わなくなってしまうようなあんな絶望は、もう二度と繰り返してはなりません。誰よりも美しい花を咲かせる事はとても素敵な夢だけれど、生きて花を咲かせるそれこそが、何よりも美しい現実である事に、私達は気付かなくてはなりません」
「虫達だって生きていく為に、僕達を食べる事もあるでしょう。けれど、ただ自分の花を咲かせる為だけに、彼らを使って他の草花を傷付けるだなんて、そんな残酷な真似、するべきではありません。互いに互いを称え合えば、この草原もきっと、もっともっと豊かになるでしょうに」
 赤い花の兄弟は、銀の月の光に照らされながら、何度も何度も皆に訴えて来た言葉を、今一度ふたりだけで呟いてみた。

 

-童話 / 寓話

レビュー

この作品はいかがでしたか?
あなたの感想を送って、作家を応援しよう!

レビューを書く

おすすめ作品