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童話 / 寓話

はなのほし

   

「もうしばらく待ちましょう。きっと解ってくれるはずです、きっとみんな、解ってくれるはずです。自分達がどれだけ愚かで悲しく残酷な事をしているのか、自分達の罪の重さを、きっとみんな解ってくれるはずです。だって誰にでも、きっと優しい心はあるはずですもの、きっと解り合えるはずです。その時を信じて、私達はもっと話し合わなければなりませんね。さぁ、元気を出して。私達が頑張らなければ、ここではきっとまた同じ痛みと悲しみが繰り返されてしまうのです」
 赤い花の兄は、優しい声でゆっくりとそう言い聞かせたけれど、弟は泣きながらそれを突き返した。
「僕達はずっと訴えて来ました。黒い芋虫に襲われ、食い荒らされていく痛みと恐怖を。相争うのではなく、互いに支え合い、鼓舞し合う関係の素晴らしさを。ただ、生きて花を咲かせる事、その至高の喜びを。だけれど、どれだけ訴えても、誰も耳など貸さない。誰も僕達の声など聞いてはくれない。みんなてんでんばらばら、自分が一番可愛くて、自分が一番でなきゃ気が済まなくて、他の者の事なんかこれっぽっちも想ってくれなくて、誰もひとの痛みなんて、考えようともしないではありませんか。伝わりっこないんです。生易しい言葉では、きっと伝わりゃしないんです。きっと聞き届けられやしないんです」
 繰り返される無残に、強い悲しみと恐怖に、弟はきっと深く傷付き、疲れ切っていたのだろう。
 兄が宥めるのも聞かず、弟はついにおかしな事を言い出してしまう。
「そうです、どれだけ言っても聞いて貰えないのなら、僕達や青い花や、他の多くの花達が味わった痛みを、白い花や黄色い花、紫の花達にも味わって貰うしかありません。言葉で言っても無駄だって、けれども本当にその身に、気も遠くなるような、気も狂いそうな程の痛みと絶望とを感じれば、それっきりたちまち考えも変わりましょう。ねぇ、そうは思いませんか? ねぇ、そうするべきだと思いませんか? ねぇ、僕はとても妙案を思い付きましたでしょう?」
 泣き疲れて掠れた声で言う弟に、兄はしくしくと胸が痛むのを感じた。
 あぁ、そうだ。傷付き、疲れているせいだ。
 でなければ、心優しいこの子が、「同じ痛みを味わわせれば良い」なんて、そんな酷い事を言える訳がない。
 きっと今この子は、自分が何を言っているのか、何を考えているのか、それがどんな結果を招くのか、何も解らずにいるのだ。
 そうと気付いた赤い花の兄は、悲しくて泣き出した。
 弟を慰めるつもりでいたのに、自分もあんまり悲しくて、涙が止まらなくなってしまう。
 しくしく痛む心に、声を震わせ泣き出したのだ。
 さっきまでよりも余程悲しげに泣く兄を心配した弟が、葉を揺らして寄り添う茎を撫で摩る。
「そんなに悲しそうに泣かないで下さい。泣きたい事ばかりで、本当に嫌になりますけど、お兄さんの傍には僕がおりますから、どうか不安になどならず、そんなに悲しそうに泣いたりしないで下さい」
「あぁ、きみはとても優しい。私を心配してくれるきみは、とても優しい」
 兄を慰めようとする弟に、兄は涙交じりの声で優しく言い聞かせる。
「こんなに優しいきみが、みんなにも痛みを味わわせるだなんて、そんな酷い事を言うのには、きっと事情があるのでしょう。きみが本当に心からそんな残酷な事を望む訳がないと、私は解っておりますからね。きみが誰かを傷付けても、その非情に傷付かないような、ひとを思いやれない意地悪な子ではないと、私はちゃんと解っています。きみはとても優しいから、誰かを傷付けるだなんて、考えるのも嫌がるに決まっています。だから今きみが言った事は、間違いです。きっときみは色んな事を考え過ぎて、疲れてしまって、だからあんな酷い事を言ってしまったのですね。でも本当はそれは間違いで、きみはとても、そんな酷い事を考えられる子ではないのです」
 兄が泣きながらそう言うと、弟は自分の言った言葉を思い出してハッとした。兄が今どんな言葉を望んでいるかもすぐに解ったけれど、だけど弟は、すぐには兄に謝る事が出来なかった。
 自分が何を言って、兄が何に対して泣いているのか、それは解る。
 自分の言った事を思い出せば、それはとても今までの自分が言うような事ではなく、なるほど確かに今思えば、皆にも同じ痛みと絶望を、なんて、皆が同じように苦痛に泣き叫んでいる光景なんて、考えるだけでゾッとする。かつて自分達がその身に味わった、気も狂うほど強烈な苦痛を他の者にも味わわせるなんて、考えてみれば、どうしてか自分の身にも苦痛の記憶が蘇るのだ。確かにそう言った時の赤い花の弟は、心痛でいつもの気持ちを忘れていて、あんな事を口走ってしまったのだろう。
 そうと解っても、だけど赤い花の弟は、すぐには兄に謝る事が出来なかった。
「お兄さんのおっしゃる通り、僕は色んな事を考え過ぎて、疲れてしまってあんな事を言ったのだと思います。だけどね、お兄さん、それは必ずしも間違いではないのではありませんか? みんなが味わった痛みを伝えるのに、優しく弱い言葉だけでは、心許ないと思いませんか?」
 弟がそう問い掛けるのを聞いて、赤い花の兄は眩暈がするようだった。
 悲しみが悲しみを煮え滾らせて、やがて涙は干上がり、悲しみが別のものに変わってしまったように、兄には感じられた。
 薄い葉先で弟の茎を抱き寄せて、痩せた蕾を摺り寄せて、兄はもう一度静かに言い聞かせる。
 赤い花の弟が、優しい彼に戻ってくれるよう、願いを込めて、囁き掛けた。
「きみは少し、疲れているのです。今夜はもう眠りましょう。抱き締めていてあげましょう。きみの傍には私がおります。きっと見守っております。何も不安に思う事などなく、今夜はこうして眠りましょう。明日になれば、きみはまたいつもと同じ、とても優しくなれるのですから」
 兄がそう言うのへ、弟は少し考え込むように黙り込んでから、静かに答えた。

 

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