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童話 / 寓話

はなのほし

   

「えぇ、そうですね。明日にはまたいつもと同じです。明日もまた、いつもと同じなのです。おやすみなさい、お兄さん。お兄さんの傍には僕がおります。どうか不安になどなりませんよう」
 そうして茎を寄り添わせ、痩せた蕾を摺り寄せて、赤い花の兄弟は眠った。

 それから何日か経ったある晴れた日に、黄色い花が声高にこう告げた。
「あはははは! ようやくあたしの蕾が丸々太って、はち切れそうになっているよ! 明日にはきっと可愛らしい黄色い花を咲かせるだろう。他のつまらない花達がぐずぐずしてる間に、この草原で一番素晴らしい花を、このあたしが咲かせてあげようね。明日の朝日と共にきっと花を咲かせてやるから、地団駄踏んで見ているんだね」
 甲高い笑い声を響かせながら、黄色い花が大きな蕾を誇らしげに揺らして見せる。
 赤い花の兄弟は、掠れた弱い声で「おめでとう」と言った。
 だけれど白い花も紫の花も、やっぱり何にも言わず、腹立たしげにじっと睨んでいるだけだった。
 そんな様子を根元に見下ろす古老の木の枝に、大きな翼が羽ばたく音が近付いて来た。
 古老の一番太い枝の上にやって来て翼を畳んだのは、何日か前に初めて古老の枝にとまって話をした、あの黒い鳥だった。
 黒い鳥がやって来たと知れると、古老はすぐに声を掛けた。
「やぁ、お前さん。随分御無沙汰だったじゃないか。わしの頼み事を、もうすっかり忘れているんじゃないのかい?」
 黒い鳥が古老の所にやって来たのは、初めてやって来たあの日の他には、今日、今この時の二度だけだったから、古老の声には少しの不機嫌も含められていた。初めてやって来て、古老が頼み事をしたら、黒い鳥は「明日には必ず」と言ったから、余計に腹立たしかったのだ。
 黒い鳥は慌てて首を横に振って言う。
「いえいえ、違うんですよ、忘れていたんじゃないんですよ。まずはあたしの話を聞いて下さい、旦那」
 咳払いを一つして、黒い鳥は話し始めた。
「旦那が見てみたいと言った盗っ人虫をね、あたしは勿論探したんですよ。と言ってもあたしは夜目はてんで利かないものですから、朝になってね、畑にやって来る農夫達の後をついて行って、ぶつくさ言いながら農夫が野菜の根元から掘り出すのを目当てにね。そういう姿を、あたしも前に見た覚えがあったものですから、きっと農夫について行けば、すぐに捕まえられると思ったんですよ。ですけど、探せども探せども、盗っ人虫は手に入らなくてね、農夫が捕まえる虫も、全然違う虫ばっかりで、これにはあたしも困り果てて、本当にあっちこっちを探し回ったんですよ。その末にようやく盗っ人虫を捕まえたのですがね、ただね、旦那」
 大きな身振り手振りを交えて話す黒い鳥に、古老はじれったそうにたくさんの葉をざわつかせて聞き返す。
「盗っ人虫を捕まえられたのだな。それなら早く見せておくれ」
「いえいえ、ちゃんとあたしの話を聞いて下さい、旦那さん」
「聞いているとも。だから、さぁ、早く見せておくれ」
「いえいえ、違うんですよ、旦那さん。あたしがようやく見つけた盗っ人虫はね、もう大人の虫なんです。『盗っ人虫』と呼ばれる蛾の子供じゃなくて、それが成長してひらひら翅の生えた、大人の蛾なんです」
 そう言うと、黒い鳥は艶やかな羽毛の隙間にくちばしを挿し込んで、小さなものを咥えて取り出した。
 それは灰色の斑模様の翅を持った、一匹の蛾だった。
 黒い鳥のくちばしに咥えられて姿を露わにした蛾は、じたばたともがいて黒い鳥のくちばしから飛んで逃げ出し、古老の幹にしがみついてとまる。蛾は言う。
「どうも、お初にお目にかかります。わたくし、あなたがたの言う『盗っ人虫』の母親になるつもりの者ですわ」
「どうやらね、旦那さん。盗っ人虫と呼ばれる芋虫は、今の時期ではまだ産まれていないんだそうですよ」
 大人の盗っ人虫の挨拶に続いて黒い鳥がそう言った。
 古老は枝葉を揺らして戸惑い、黒い鳥に、それから大人の盗っ人虫に問い掛ける。
「産まれていない? そいつは一体どういう事だね? わしは確かに、盗っ人虫と呼ばれる真っ黒な芋虫をついこの間、この根元に見掛けたぞ」
 答えるのは盗っ人虫の穏やかな声だった。首筋に纏ったふさふさした長い毛を誇らしげに見せびらかしながら、盗っ人虫は穏やかに丁寧に答える。
「私達、土の中で芋虫の身体を脱ぎ捨て、立派なこの翅をこしらえて、春から春の終わり頃に、こうして広い空を飛び回るようになるのですわ。そうして出て来て素敵な方と巡り会って、その子を遺すのです。今はまだ気の早い春。今頃見掛けられるのは、私のような翅を持った大人だけですわよ。可愛い芋虫の子供達は、もうちょっと暖かくならないと現れないはずですわよ。だからあなたがご覧になったという芋虫も、私達とは違う家系の芋虫ではないのかしら?」
 穏やかにそう話すと、盗っ人虫は灰色の翅を開いてひらひらと、何処かへ飛んで行ってしまった。
 話を聞いた古老は、ぼんやりとなって何にも言えなくなってしまった。
 ぼんやりとする古老を見て黒い鳥は、居心地が悪そうにそわそわと身動ぎしながら、やがて小さな声で言う。
「いや、どうもすみませんでしたね、旦那。夜に土から這い出て来る芋虫、って言ったら、あたしもてっきり盗っ人虫の事かと思ったものですから。勘違いをしちまいました。どうもすみませんでしたね、旦那」
 盗っ人虫の名を最初に出したのは、確かに黒い鳥だった。黒い鳥は、それがもとで今回このような大失敗を犯してしまったと、申し訳なく思っているようだが、勿論それは悪い事などではない。たまたま、思っていた事と事実が違っていただけで、それは何も罪になるような事ではない。
 だから古老もすぐに優しい声で黒い鳥に言い聞かせる。
「いやいや、何を謝る必要がある? あれが盗っ人虫ではない、と知れただけでも良かったじゃないか。お前さんはとても良く手伝ってくれたよ。本当にありがとう」

 

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