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幻幽綺譚<4> 白昼の喪服

   

 電車の中で、携帯電話で話していた若者を、しつこく大声で注意する人がいました。迷惑行為を注意するのもいいですが、自分は正義の行為をしているのだ、と思い上がるのも迷惑というものです。
 こういう人は、幻幽な冥界の住人に出会ったときに、注意するのでしょうか。

 

 大都会のいいところは、さまざまな交通手段を選べることである。
 私が移動する道筋には、電車だけで三つのルートがある。
 バスを含めれば、五つ以上のルートを選択することができる。
 私は、一週間に二回、本社と制作本部を行き来しなければならない。
 もちろん、電話や電子メールでのやりとりは日常茶飯事に行っている。
 それでも、私が直接出かけていき、こまかい詰めをしなければならない事情も多いのだ。
 中間管理職の辛いところではある。
 その日――。
 いつものように、昼過ぎに本社を出た。
 電車に乗る。
 高架の線路を走る電車のルートである。
 別に、意識してそのルートを選んだわけではない。
 無意識と言おうか、偶然と言おうか、何の考えもなしにそのルートにしたのだ。
 日中のこととて、電車の中は空いていた。
 空席が三割ほどあり、座らずに立っている人もちらほらいる、という光景であった。
 私も、ドア付近に立っていた。
 どうせ短い距離だし、運動不足解消の役に立つだろう、と思い、制作本部との行き来には座らないことにしているのだ。
 次の駅に着き、電車が止まる。
 ドアが開いた。
 降りる人はいず、乗ってきたのは一人だけであった。
 一瞬、私は驚いて、凝視してしまった。
 それは、中年の婦人であった。
 品のよさそうな雰囲気をしている。
 遠慮がちな態度で、左右に軽く挨拶をして、空いた席に座った。
 これだけなら、なんでもない。
 だが、それだけではないのだ。
 先ず、その婦人の服装が、いささか場違いであった。
 黒い和服を、しっかりと着こなしているのだ。
 正式に家紋が付いた、黒一色の和服。
 喪服である。
 平日の白昼の電車の中では、あまり見かけない服装ではある。
 そして、その婦人は、両手で箱を抱え持っていた。
 両手で抱えなければならないほどの大きな箱で、蓮の花の模様を編み出した白い布で覆われている。
 喪服を着た人が抱える白い箱が何であるか――、言うまでもないであろう。
 これはもう、完全な場違いではないのか。
 別に、火葬場からの帰り道に遺骨を抱えて電車に乗っては行けない、という規則はない。
 電車の中で携帯電話を使うのとは違い、迷惑条例違反に引っかかることはあるまい。
 それでも、場違い、としか言いようがないと思う。
 普通なら、火葬場への往復は車を使うのが常識であろう。
 こういったことを考えながら、私はその婦人を見つめてしまった。
 婦人は、顔をうつむき加減にして、きちんと座ったままである。
 あまり見つめるのは、さすがに失礼となる。
 私は、眼を転じて、車内の広告を見たり、後ろへ流れる景色を見たりした。

 

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