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SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 8

   

 岱馳は休日のときに杏那をデートに誘う。目的がひとつあった。だれでも女子なら喜ぶだろう、そんな独断的な思いこみからのデートスポット。
 杏那には当日までのお楽しみにさせた。ウキウキな顔がチワワのようだった。
 そして、その当日、杏那を先導する岱馳。「ここなの?」杏那の顔に翳りが差す。
 まさか、動物が苦手だというその反応。岱馳は、そんな弱点があるとは考えもしなかった。困り果てた情けない男は、的外れな物をプレゼントする。メインクーンのぬいぐるみだった。
 杏那は吹きだし笑った。
 岱馳の間抜けな企ても、この日ばかりは裏目になってしまった。
 それでも杏那は一生、大好きな猫をその手にすることができない。そんな病があることを知った岱馳、杏那を深く傷つけてしまった。その報いでもある羞恥は、杏那の笑顔が吹き飛ばしてくれた。

 ふたりは、秋ごろに小旅行へ出掛ける。向こう見ずなあてもない旅。気ままな旅。行き当たりばったりな旅を好んでいた。思い出のアルバムを作成するために、カメラは欠かせない。そしてふたりだけの世界が記録されていくのが楽しく、達成感が増していく。
 これまで幾度も楽しい日々を岱馳は杏那と過していた。が、このアルバムが最後になろうとは、この旅行中では思いもよらなかった。

 杏那の終焉の時、迫る。

 

「ねえ、今度の休みつきあってほしい」
 唐突に切りだしたためか、杏那は興味津津といった風で岱馳の腕にしがみついた。
「え、どこへ?」
「いまみたいについてくればわかるよ。まあいやなところじゃない」
 はぐらかすように岱馳はいった。少し焦らされて顔が膨れた杏那の顔はかわいい。その表情のなかにはいつも愛情が含まれている。
「わかった」
 予感、できたことだろう。おそらくなにかしろのサプライズなのだと。杏那はその日をたのしみに待つだろう。

 その日はなんの障害も弊害もなく青い空がひろがっていた。
 デートする日は決まって晴れている。傘いらずのデート。荷が軽くすむから天候にいつも感謝をしていた。荷が重いとこまることがひとつある。それは手が握れないという点。たまには杏那とひとつ傘下のなかで腕を組み身体を寄せあいもつれるような足取りで歩き、雨に対して嫌悪感を抱きながらのデートもしてみたい、そういうシチュエーションもわるくない。
 待ち合わせ時間少しまえだというのに杏那はその場所で待っていた。
「はやいな、まだ20分も前なのに」岱馳がいった。
「だって、意味ありげなこというんだもん。ちょっとはやくきちゃった。そっちだってはやいじゃない」
「そうかな」杏那はめずらしく快活にしゃべる。「いつもはやくきているよ。気持ちを落ち着かせるために、喫茶店とかで休憩してるんだ」
「なにそれおもしろい。じゃあ時間になるまで休憩してきたら、あそこ喫茶店あるよ」
 彼女の指し示す喫茶店はドトールだった。たしかにいつも休憩している店だった。
「なんで、待ち合わせの場所に彼女置いて、ひとり喫茶店で休憩するんだよ。おかしいだろ」
「じゃあ、一緒に」
「そりゃいい」
 まだきょうはコーヒーをのんでいないからちょうどいい。「いや待て、先に目的の場所に行こう」杏那の無邪気な誘いにあやうくのるところだった。手をさし伸ばすと彼女は微笑みながらその手を取った。
 男は先導しながらも人で込みあう都会の混沌の流れを見極め進んだ。
「ねえ、どこ行くの。もう教えて」
 焦らされたときの顔をみたいがために岱馳はあえていわない。ちょっと意地悪をすると杏那のふて顔がみられる。
「ここだよ」
 着いた場所に気づくと杏那は蒼白な顔になっていた。

 あふれるくらいの情熱があったがために事前調査しておくべきだった。岱馳の後悔は文字どおり後に立たなかった。
「ここなの?」杏那の声がちいさい。「きょう連れてきたいといったところって」
 目が虚ろになり、握った手が震えていた。
「うん、そうだよ」
 杏那の心中とは裏腹に先導者の声は弾んでいた。彼女の震える手が岱馳の顔を曇らせるのに時間がかかった。
「どうしたの?」彼女の顔をのぞくようにしてきく。
「わたし、だめなの…」やっときこえる程度のはかないくらいの声で言った。「動物、だめなの」
 都会の雑音が彼女の声を消す。岱馳は彼女のちいさい唇の動きから読解した。
「えっ?」
 次の言葉を失ってしまった。しっかりと握られた手が離れていくような感覚に陥った。杏那が遠くへ退いていく。
 場所は“ペット展示会”。
 世界中の犬猫やそのほかの一般家庭で飼えるペットがサンシャイン60の特設会場にて収集されていた。好みのペットを抱いたり、触れることが可能、写真撮影もできる。多くの人で会場内はごったがいしていた。きっと女性ならだれもがよろこびたのしみ戯れると異性世代不問に岱馳は癒しの時間と空間を二人で過ごせると思っていた。逆に杏那だけを苦しめてしまった。
 胸の中は台風のまえのざわめき、おだやかではない。雑巾をしぼるように心臓を握りしめられた。
 痛い。
“動物アレルギー”。杏那を苦しめる原因の病名だ。
「しらなかった。ごめん」
 顔をみることができなくなってしまった。杏那が好きで愛していることからの愛情表現、彼女のすべてをしっていたつもりがしりきれていなかったことに落胆した。
「いいの。話してなかったし。わたしがわるい。動物の話題とかしなかったからね」
 話している途中、顔をしかめた安奈。目をうつむかせ責めるようにいった。
「ちがうよ。勝手に女性ならだれもがよろこぶと思って、その勝手な思い込みが自信になってしまった。きみがわるいわけじゃない。むしろわるかったのは…」
「いいの」彼女はさえぎった。ちがう、ちがう、といっているかのように首を何度も左右に振りつづけていた。
 杏那は動物に触れることはもちろんのこと、近づいたりするだけでアレルギー反応の症状がでるらしい。どうやら父が同様に動物アレルギーだそうだ。遺伝だろう、と杏那はブラックコーヒーでものんだように、ほろ苦い顔でこたえた。

 毛のある、ふわふわの動物に反応してしまうようだ。だからって飼うならトカゲや蛇やワニのような毛のない動物、ごわごわの皮系のものならいい。よくバッグなどのブランド品になっているやつらだ。
 だが冗談でも「なら、蛇飼えば」そんなこといったら絞め殺される。
「でもね、ふかふかの柔らかくてあたたかいペットが好き。抱きしめて一緒にベッドで寝たり、散歩したりすることを子どものころからの夢だったの」
 杏那の無邪気な表情から、愛しそうに遠くにいるペットたちを見つめて独り言のようにつぶやいていた。
 かなわない夢だとしりながらどことなく虚ろな横顔だった。言葉もみつからない。なにも思いつかない。こんなにも無意味な存在に感じたのははじめてだった。
 アレルギーは治るものじゃない。一定時間抑えることは可能。いつどんなときに再発するかわからない不治の病。酷なことかもしれないが一生つきあうのだ。そして一生、杏那の想いは届かない。猫も飼えないなんて寂しすぎる。
「猫大好きなの」

 

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