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綾乃さん 第二回 出会い

   

昭和44年3月、高校1年生の私は母が病気で入院した時にお世話をしてくれた看護師、松田綾乃さんと親しくなった。

私の母は綾乃さんを「綾乃さんはいいお嫁さんになれるのに、病院の先生は何をしているの?」と褒めていたが、彼女に恋心を抱く私はそんなことになって欲しくはなかった。

ある時、綾乃さんが理不尽な理由で離婚に追い込まれ、その精神的なショックで窃盗という過ちを犯したことを私は綾乃さん本人から聞かされた。そして、憤る私を彼女は「大人になると嫌なことも経験する」と諭してくれた。

綾乃さんはみんなに慕われたが、それをねたむ者に過ちを犯したことを告げ口され、病院を辞めざるを得なくなった。綾乃さんは私に「頑張ってね」と言葉を残し、去っていった。

 

第二章 出会い

私が綾乃さんと親しくなったのは、ほんの偶然の出来事からだった。

「江上先輩、浪人するんだって。」
「やっぱり。東大しかダメなんだよね。」

前年から続いていた東大紛争は1月の安田講堂攻防戦で終息したが、昭和44年3月の東大入試は中止になってしまった。

当時、都立高校の1年生だった私は、所属するブラスバンド部の春休みの特別練習に参加していたが、話題は大学入試のことで持ちきりだった。

「夕方から雨だって言ってた。帰る時は傘を持っていった方がいいわよ。」
「天気予報、そんなこと言ってた?大丈夫だよ。」

午後5時過ぎ、練習を終え校舎から出ようとした時、同じブラスバンド部の女の子が教えてくれたが、傘を取りに戻るのが面倒なので、私はそのまま飛び出してきた。

  なんだ、大丈夫じゃないか。

電車を降りた時、まだ小雨がぱらつく程度だったので、家までは10分足らず、急げば大丈夫と駆け出したが、意外に雨脚は早く、制服はおろか下着までずぶ濡れになってしまった。そこで、仕方なく雨宿りのため、近くのマンションに駆け込んだ。

  うう、寒いな・・

春とは言え、まだ3月で気温は低く、ずぶ濡れの私が震えていると、背中から声がした。

「太一君、じゃないの?どうしたのよ?」

それが綾乃さんだった。母が病気で入院した際、お世話になった看護師だ。

 

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