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– アイサイ – エピローグ

   

– アイサイ – エピローグ全てが終わり──偽りの生活は崩れ去った──。

残された者は────?

 

 ある男の回想録

 こうして筆を取って書き始めてからもう3ヶ月経つ。
 その間に私が過去に携わった事件を4件書いた。
 どれも異常かつ、稀有なケースばかりだったが、これから書こうと思う5件目の事件も、かなりのものだ。今でも忘れる事の出来ないほど異常性の高い、とんでもない事件だった。
 これは別に論文でも、報告書でもない。一般人が読んでも解り易いように専門用語や難しい言い回しも避けている。飽くまで、私の知る限りの事実を客観的に、且つ簡潔に書く回想録のようなものだと思ってくれればいい。
 その事件とは、1986年山梨県の某所で起き、世間を震撼せしめたものだ。この事件は1人の女性に起きた悲劇が切っ掛けとなったものだった──。

 山梨県の某所に、若い夫婦が居た。夫は近くの工場で精密な電子部品を作る技術屋。妻は、今では珍しくとも何ともないが、当時としてはとても貴重な──女薬剤師だった。
 2人とも、とても優秀だったらしい。職場での評判もすこぶる良かった。2人の夫婦仲はとても良く、幸せいっぱいだったという。
 そんな2人の間に子供が出来た。これから新たな命を授かり、親子3人で暮らしていける。仕事も順調。順風満帆の人生──のはずだった。
 前途洋洋な家庭に、突然の不幸が襲い掛かった。夫の死──である。
 夫は不運にも交通事故で亡くなった。正に青天の霹靂だった。
 残された夫人は突如として絶望の縁に立たされた。希望に満ち溢れた未来が急転、暗黒に閉ざされたのだ。
 夫の死後、彼女は悲嘆に暮れ、毎日を泣いて過ごしていたらしい。
 あまりに落胆しているので、お胎の子が流れてしまうのではないかと周囲の人間が心配していたのが後の調査で分かった。
 だが──彼女は無事に男児を出産した。
 2人きりの親子だが、彼女が育児休暇を取るまでに夫婦で稼いだ貯えもあったし、夫の保険金も下りたので、当分の間、生活の方は困る事は無かった。問題は──彼女の精神状態だった。
 彼女はたった1人で我が子の世話をしていたらしい。そうしながら彼女の精神は徐々に蝕まれていたのだ。廃人一歩手前。当時の彼女はそれほど危険な状態だったらしい。
 彼女を狂気の世界に叩き落とす決定的な切っ掛けとなったのは──周囲の男達だった。
 彼女はとても美しく、魅力的な女性だった。結婚前、そして人妻となった後も彼女に懸想を抱く男達は後を絶たなかった。そんな折りの夫の死である。彼女に好意を持っていた男達はこぞって彼女に言い寄った。
 夫の死を認めたくない心──。
 子には父親が必要だという想い──。
 そして、彼女に付き纏う男達──。
 それらが複雑に絡み合って繋がり──遂に彼女の精神は崩壊した。
 彼女は自らを口説いている男を夫と認識するようになり、夫の名で呼び、生前の夫と何ら変わる事なく接しだしたのだ。実際、彼女の目には変わらぬ夫の姿に映っていたようだ。
 当然の事ながら、男達は彼女の精神異常にすぐに気付いた。だが、それでも彼女のオトコ──という位置に居られるのなら良いと大多数の男は思ったようだ。それ程までに彼女は魅力的だったのだ。
 彼女が夫と暮らしていた家に、ある者は住みつき、ある者は通うようになった。
 別人を夫と思い込むという──異常。だがしかし、夫が生きて存在しているという安心感により、彼女の精神は逆に安定したのだ。彼女はみるみる元気になっていったらしい。
 脳は時として、精神の均衡を保つ為に、わざと誤動作を行うという。彼女の場合もその類いなのだろう──。
 もう1つ。幸か不幸か、産まれて来た男児は全く人見知りしない気質だったようだ。見知らぬ男が家に出入りしても、すぐに懐いた。自分の子では無いとはいえ、懐いて来る子を邪険に出来る者はそうそう居ない。彼女の目もあったのだろうが、男達は男児を可愛がった。
 だが──、そんな異常な生活が続くはずがなかった。
 念願の彼女との生活であったはずなのに、男達はみな壊れた彼女を次第に怖れるようになり、彼女から離れて行こうとした。当然と言えば当然の事であった。
 還って来たはずの夫がまた消えてしまう──。
 夫の存在が生存理由となっていた彼女にとって、その事態は看過出来るものでは無かった。
 ──二度と夫を亡くして(失くして)なるものか!
 その想いに駆られ、彼女は凶行に及んだ。自分から離れようとしている男を彼女は──殺したのだ。
 1人目の時はまだ死体を隠さなくてはいけないという理性が残っていたらしい。
 風呂場で死体を解体し、バラバラにした死体を彼女は残忍かつ巧妙な手口で処分した。
 バラバラにして運び易くした後、彼女はまず、肉をこま切りにして骨から剥いだ。肉片は全て小さく包丁で切り、あろうことか彼女はそれを──便所に捨てたのだ。
 当時の便所は今と違って汲み取り式が多かった。彼女の家もそうだった。田舎の汲み取り式便所の場合、各家庭にバキュームカーがやって来て汚物を回収した。
 肉は腐れば汚物と同じだ。実際に当時は便所に何かを捨てるのはよくある事だった。
 それよりも恐ろしいのは、1人の人間の肉体が廃棄された便所の上で平気で用を足していた彼女の神経だ。これは正常とは言い難いだろう──。
 もう一方の骨は、トンカチなどで細かく砕かれた後に庭にあった生ゴミ捨て場に捨ててあった。ホタテの貝殻などと同じように──だ。
 知性の無い人間にここまでの死体処理が出来るだろうか? この点が法廷でも問題になったのは言うまでもない。

 

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