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SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 10

   

 杏那は岱馳と出会って交際しているこの三年間、しあわせいっぱいだったと話す。悲恋から、幸福な恋をしていることに、家族まで岱馳とのことを話しきかせるほどだった。
 たった三年だ。もっとこれから長い年月を経過していくなかで、ふたりは理想をひとつひとつ記録していこうというのに、叶わなくなった。
 いちばん悲しんでいるのは、杏那だということを岱馳もまた同感であった。

 火葬されて天に召されていく煙に、杏那の人生が完全に終わったことを思い知らされる。

 だれもが杏那のしあわせを願っていた。それを奪った犯人を、恨まずにはいられない。岱馳はまだ死ねない。復讐をするために。
“犯人たちを冷たい土に還してやる”。
 その想いは岱馳だけではない。

 同僚と年越し初詣のために、都内の山に夜中から初日の出を拝むために登山する。
 岱馳の優れない顔と鬱蒼した心を無理やり梶原は連れ出し同行させた。
 十人もいるなか岱馳は一人孤立し闇のなかに潜む。山の頂から街を見下ろし物思いに耽っていた。

 そして、日の出は顔を出した。そこには幻想的な風が吹き込んできた。岱馳にしか感じないその声や懐かしさが吹いてきたのだ。
 大空のなかに杏那の気配を感じた。
 最後の別れを伝えに、岱馳に囁いてきたのだろう。大空いっぱいに杏那が浮かび上がってきた。

 

 杏那の友人たちは、杏那がこの三年間しあわせいっぱいな彼女をみているのがなにより好きだったようだ。そんな風に杏那を変えた男性に、感謝の意を込めての礼だったのだ。
「明日香、きいてくれてありがとう。すべてわかったよ。あいつのことが…」
 明日香は、首を左右に振った。
「三年ものしあわせ、いや、おれにとってはたった三年だ。杏那、わかってるのかよ」岱馳はつぶやいた。
 えっ、と皆が頭を傾げるような顔して岱馳を見る。
「幸福の時間はたった三年だったんだなと思って」
 だれも言葉を返してこなかった。梶原ですら場をわきまえてか、ちゃかす口振りひとつもらすことはなかった。
「これからもっと、たくさんのしあわせと出会うはずだった。それを二人で築こうとしていたのに」岱馳はそこで言葉を切った。つづく言葉は頭のなかで叫んでいた。
 もっともっと愛しあい、そしていつかは結婚して子どもを作る。二人はほしいかな。最初は男の子、つぎは女の子。
 家族で、食事、買い物、旅行、子どもの運動会、授業参観、遠足、七五三、学校入学、卒業、成人式、子どもたちの結婚、と今度は子どもがしあわせになることを願って成長していく姿を、手をとりあって見届ける。いずれは自分たちの家を建て笑顔いっぱいの家庭のなかで年をとり、子どもが巣立ち、老いて静かに安らかに眠る。共に寿命を全うすること、それが人のしあわせ。
 手をつないで岱馳と杏那は約束した。そんな想いをいっぱいに残すのがしあわせの一環としてのアルバム。
 そこまで考え終えてひと呼吸おいた。少しのあいだ黙っていたせいか、同僚たちは不安そうに見ていた。即座にその視線に気づき「だいじょうぶだよ」といって背をむけた。強がりがバレていた。
 二人の望むものをえるためにたがいが交わした約束を守りとおすことで杏那の夢であったイラストレーターを捨てた。勝手な平凡な幸福感を築くために彼女はあきらめた。たしかめる術はないが心の中は、空っぽになった気がする。たしかめられないがそんな気がしてならない。岱馳のためにあきらめたのではない。そんなことをひと言もいってもらえなかったのがショックでならない。

「岱馳さん、ですよね?」
 庭の角で開葬のあいさつをする男性を何気なく眺めていたが今度は横から丸みを帯びた女性が話しかけてきた。
 杏那のお母さんだ。
「きょうはいらしていただいてすみません。わたしもとても悲しくつらいのですが、あなたもさぞ悲しいことでしょう」
 つらそうに唇とほおを震わせ、ノドにつまるような呼吸をしながらも必死に悲痛に耐えながら話す眼前の女性に胸が痛くなった。
「いえ」それ以上なにもいえない。
 岱馳に礼を言うためだけに傍にきて、悲しみに縛られながらも、感謝の言葉をかけてくれたことに胸が熱くなった。
「自分にはなにもできませんでした。救えなかった。肝心なときに傍にいることができませんでした…」
 こういう場では言葉が詰るものだ。しばし沈黙が秒刻みで流れた。
「そんなことない」母は岱馳の痛々しい表情を見て、悲痛の緊張が和らいだのか浅い呼吸になり言葉を続けた。
「あの子はいつも言っていました。いい人と出会えたって、いつも救われているような表情で安らいでいましたよ。いまだって…」
 部屋のなかにある無数の花に囲まれた棺を指差した。
「あのなかでとっても穏やかな顔をしているのよ。あなたとの想い出をたくさんもらっているからしあわせだって、いつまでもつづいてほしい。でもつづかなくても平気。それだけ自分には幸福すぎるほどの想いを家族からではなく、あなたからいただいたからって」
「幸福を与えたってことですか」
 そうよ。女性はそういうと最後に必ずあなたはしあわせになってください。といって丸みを帯びた背中を見せながら部屋のなかへと姿を消す。

 ひとつも納得はしていない。これから一人でどうしあわせになれっていうのか。ほんとうに杏那は安らぎに満ちていたのか。すべてを奪った者を許すわけにはいかない。杏那の死を悲しむことで涙を流すのなら文字どおり泣き寝入りするしかない。犯人を野放しにしたまま結局救われるのは救われたのはその犯人だけだ。こちら側はなにひとつ解決していない。救われていない。あの人を慈しむことで妥協して自分に納得しているようにしか思えない。
 岱馳はイヤだ。ぜったいに許せない。不幸にした者への復讐を成し遂げてみせる。
“犯人たちを冷たい土に還してやる”。

 

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