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幻幽綺譚<5> 現代時空物理学講義

   

 しっかりとノートをとりながら講義を聞いて下さい。
 いねむりをしていると、単位は取れませんし、幻幽な冥界に入ってしまいますよ。

 

 その大学の理論物理学教室の建物は、大学の敷地の北の隅にある。
 戦前に建てられた建物で、もうすぐにでも壊れてしまいそうな古さである。
 実際のところ、消防関係の調査では、建て替えなければならない、という指導が何度も出ているのだ。
 だが、大学は金を出さない。
 予算のほとんどは、遺伝子工学を研究する分子生物学科や、癌の研究を行う先端医学研究所へ行ってしまうのだ。
 理論物理学なぞ、時代に取り残された学問である、今はバイオ・テクノロジーの時代だ、という認識なのである。

 その、古ぼけた建物に、四人の人間が入っていった。
 一人は若く、あとの三人は老人である。
 ところどころ床板が腐りかけている、昼なお暗い廊下を進み、いちばん奥の部屋へ入る。
 若者は、黒板を背にして、教壇に立った。
 三人の老人は、椅子に座った。
 廊下側に座ったイギリス人は、ジェフ・ハワード。
 車椅子の天才を抜く天才、と評判の物理学者である。
 もちろん、二十年も前にノーベル賞を受賞している。
 真ん中に座っているのは、中島伸吾。
 この大学の理学部長であり、日本における理論物理学の長老である。
 若い頃から秀才の名が高い。
 老人となった今でも、研究にそそぐ情熱は衰えていなかった。
 窓側に座っているのは、木下裕一朗。
 科学庁の長官であり、国際科学技術連合の常任理事でもある。
 木下も、若い頃には物理学の研究に夢中になっていた。
 だが、次第に政治の世界に情熱が移り、いまでは日本における科学行政の黒幕となっている。
 こうした、そうそうたる人物を前にして、若い入江正広は、緊張していた。
 真ん中に座る中島教授は、持ってきた紙の束と懐中電灯のような筒を机に置いた。
 そして、貫禄のある声で、入江正広に話しかけた。
「それでは、入江君、始めようか」
 中島教授が司会進行役なのである。
「は、はい」
「この前、話を聞いた限りでは、君の理論は画期的だと思う」
「あ、ありがとうございます」
「理論物理学の教科書を書き換えることになるかもしれない」
 紙の束を見ながら、話を続ける。
 その紙の束は、入江正広が作った理論の下書きなのであった。
「しかも、非常に重要な事を内包していると思う」
「……」
「それで、こちらの方々にも話を聞いてもらい、確認をする事にした。このお二人は、知っているね?」
「もちろんです」
「君の理論は、まだ、だれにも話してないね?」
「はい。先生のおっしゃる通りにしました」
「よし。画期的なだけに、慎重を期さなければならんからな」
「分かります」
「では、お二人に、君の理論を説明してさしあげたまえ」
 入江正広は、デイパックから計算を書き込んだノートを取り出すと、三人だけの聴衆に向かって話を始めた。

 

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