幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

外道症候群 〜在りし日の日延家

   

ごく平凡なサラリーマン、日延宗一と妻、早苗。愛娘の里香。里香が四歳の頃のクリスマスイブの夜、電車を下りた宗一を、早苗と里香が待っていた。家族三人水入らずでクリスマスケーキを買いに行く、幸せな前日譚。

 

 子供の頃、「なぜ親父の腹はこんなに出ているのだろう」と、不思議に思っていた。

 時計を気にしながら、電車を降りて、改札口を抜ける。
 小走りに駅を出て、吹き付ける冬の冷気の中、そのまま自宅へ急ごうとする俺を、遠くから呼ぶ声があった。
 それは、甲高く愛らしい、幼い少女の声だった。
「パパー!」
 日も落ちて暗い中、駅と周辺のビルが灯す人工の光りに照らし出されたその姿は、今現在ショーウィンドウに飾られている天使の人形なんかより、もっとずっと可愛らしい。
 流れる人波の向こう側で、小さな手を必死に大きく振り回し、ぬいぐるみ片手にぴょんぴょん飛び跳ねて自己主張をする。そんな姿を前に、俺の頬は当然の如く弛緩した。
「里香」
 駅を出てすぐ右側の開けたスペースに、駅構内から続々と押し寄せる人の群れを避けるように、現在四歳の愛娘、里香はいた。人の群れに突っ込んで行って何かあってはいけないと、母親の早苗に小さな肩を押さえられているが、その手を離したら、きっと真っ直ぐに俺の許へと駆け寄って来てくれるのだろう。
 駅の内外へと続く人の波を避けながら、それでも急ぎ足に、里香が待つそこへと向かった。
 辿り着いたらまず最初に、この胸に高々と抱き上げてやろうと考えながら。
「パパー、おかえりなさい!」
「ただいま。里香、待っててくれたのか?」
 二人の側に近付くと、早苗の手から解放された里香が、即、俺の足元にタックルしてくる。
 鞄を足元に置いてそれを抱きとめ、予定通り高々と抱き上げる。満面の笑みで頷く柔らかな頬に頬擦りをして、そのまま傍らに立つ早苗に顔を向けた。顎のラインで切り揃えた髪を揺らして、早苗は肩を竦めて見せた。
「おかえり。ごめんね、帰る早々」
 里香を抱き上げた俺の足元から、手放された鞄を取り上げ、申し訳なさそうに苦笑する。
「逆に疲れが吹っ飛んだ。こっちこそ悪かったな。人がいなくて、帰るに帰れなくてさ。遅くなった」
「ううん、来たのはついさっきだし。それより、どうする? 一旦帰る? スーツのままじゃ疲れるでしょ?」
「んー……いや、このまま行こう。里香、せっかく待っててくれたんだもんな。早くケーキ買いに行きたいよな?」
「うん! おっきいのと、おいしいのと、かわいいの、ケーキいっぱいほしい!」
「よっし! じゃ今日は、ケーキでも何でも里香の欲しいモン買ってやる!」
「ほんとにー? じゃあ、ケーキと、ムリキュアのおにんぎょうと、うずくちゃんのえほんとー……」
「今日はお出迎えまでして待っててくれたんだもんなー。里香、いい子にしてたから……」
「あ・ま・や・か・さ・な・い」
「……はい……」
 呆れ顔で俺を睨む早苗の向こうに、カラフルなネオンで飾り立てられた大きなツリーが、道行く人々の注目を集めていた。
 駅前のコンコースも、駅ビル内の各店舗もそうだ。それに、これから俺達が向かう商店街でも、きっとそうだろう。
 町中どこもかしこも、十二月特有の賑わいと彩りに満ちている。
 今日は、クリスマスイヴ。
 盛り上がり最高潮の、クリスマス「前日」だ。
 どこからか聴こえて来る「ジングルベル」と、街角に並ぶサンタクロース。大小様々、色とりどりのツリーが目を楽しませ、各家庭では財布の紐も緩みっ放しだ。
 かくいう我が家、日延家でも、今日だけは家計簿よりも里香の笑顔を優先させたい心積もりだ。
 クリスマスを楽しみにしていた里香のために、今日は家族三人でクリスマスケーキを買いに行くと約束していたのだ。若干仕事が長引いたものの、まだまだ夜は長い。
 家で待ち切れずに駅まで迎えに来てくれた里香と、早苗と、七色に煌く街を歩く。
 一番のお気に入りの、カフェオレ色の子犬のぬいぐるみを小さな胸に抱き締めて、長く伸ばした髪を靡かせ、里香は賑わう商店街に弾んだ。
 一人勝手に駆けて行くように見せかけ、俺と早苗の位置を目で確認し、少しでも不安になるとすぐにこちらに駆け戻って来る。けれど俺達両親の歩みが遅いと見るや、またすぐ一人勇んで歩き出し、走り、やがてまた戻って来る。
 里香のその姿を常に目で追い、その様子に口許を綻ばせながら、大繁盛の洋菓子店に向かう。
 クリスマスケーキを買いに来た客でごった返す狭い店内で、ケース内のケーキが見えない、とごねる里香を肩車で宥める。すると早速頭の上から「あれとあれとあれと」と言い出すが、ここでは「順番待ち」という我慢を覚えて貰わねばならない。
「里香、ケーキだけでいいのか? ほら、プリンとかクッキーとかチョコレートもあるぞ」
 順番待ちにごねる前に、里香の気を逸らそうと、別のショーケースを指し示す。基本的に甘い物が好きなので、洋菓子店は里香の楽園だ。
 と、思ったのだが、途端に不満を声に乗せて、頭の上から里香が叫ぶ。
「やだ、だめ!」
 今はケーキしか目に入っていないのか、と思ったが、
「クッキーはだめなの!」
「…………? 何で? クッキー嫌いだった?」
「ちがうの! だめ!」
 頭上で喚く里香に代わり、早苗が笑い、こう言った。
「パパにもクリスマスプレゼントあげるんだ、って言って、家でクッキー焼いてたのよ」
「……へ?」
「おうちにかえったら、りかのクッキーあげるから、だめなの!」
「…………」
 ぽふ、と里香なりに乱暴に、子犬のぬいぐるみを俺の顔面に叩き付ける。
 今年初めに、オモチャ屋で一目惚れした里香に、せがまれて買ったぬいぐるみだ。
 まだまだぬいぐるみから離れられない子供だと思っていた。
 いや、実際にまだまだ幼く弱い子供だ。
 まだまだ自分自身のことしか考えられない奔放な子供だと、そう思っていた。けれど本当は、日一日と変化していくのだ。

 

-SF・ファンタジー・ホラー

外道症候群<全4話> 第1話第2話第3話第4話

コメントを残す

おすすめ作品

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

   2017/11/20

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】15

   2017/11/20

ロボット育児日記39

   2017/11/17

忠実な部下たち

   2017/11/17

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   2017/11/16