幻創文芸文庫 (β)

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ショート・ショート

第二(だいじ)な生活

   

業績不振、授業態度の悪さ、借金返済の遅れ……。

誰にでも起こりうる群小のトラブルをきっかけに、苛烈なまでの処遇を強いられるケースが急増した近未来。しかし不満の声を上げる者はほとんどおらず、誰もが状況に順応しつつあった。

一方でスポーツや学業といった分野では、高名な選手や研究者が、五十年、百年も現役であり続けている。そのためある種のマンネリ化はひどいものだが、スポンサーとなっている大手企業の社長たちの現役生活も実に長いわけで、同世代への温情心は強く、業界革新の波は訪れそうもない。

そして今日もちょっとした理由で、会社員が「首切り」を言い渡され……

誰にでも起こる「たった一つのこと」が絶対ではなくなった、ちょっと奇妙な世界での小話。

 

「困るなあ。そんなことでは……」
「はあ……」
 いつもの課長のぼやきに、私は生返事で応じた。
 どの道結論は決まっているのだ。
 むきになる理由がないのは、営業の仕事同様とも言える。
「我が社は利益を追求しているんだ。また、そうでなければ潰れてしまう。せめて最低限のノルマをクリアして貰わんと、私も困るんだ」
「しかし、条件が違いますからね。私も努力はしているのですが」
「結果を出してこその努力だと思うがね」
 課長のぼやきを、私はほとんど右から左に聞き流していた。
 どうせ後数分もしないうちに定時になる。
 残りは明日、ということで、帰ればいい。
「説得しても無駄だよ」
 聞き慣れた声が後ろから響いたかと思うと、私の首筋を、何か冷たいものが通り過ぎていった。
 その正体を確認するよりも早く、私は自分の肉体、だったものを見下ろしていた。
 首から血が出ていないのは、剣の凄まじい速度によって、血管が焼き切れてしまったからだろう。
 そして今思考を巡らせている頭は、社内の鬼軍曹として知られる部長の、剣を持っていない手の中に収まっている。
「いきなり、ひどいじゃないですか、部長。完全に権利侵害ですよ。人の首、勝手に切り落とすなんて」
「何を言ってる。入社時の契約書にも書いてあっただろう。『社員の生存の形は問わない』と。つまり、今流の妖怪っぽい形でも問題ないわけだ。さあ、行ってこい。新しい体で、文字通り人を見下ろしてかかる気でやるんだ。営業には度胸が重要だぞ」
 私は反射的に毒づいて見せたが、部長はまったく動じず、自分の胴と首を分離させると、バスケットボールのように空中を激しく頭を往来させていく。
 さすがに社内ナンバーワンの営業マンだっただけのことはある。
「今日は直帰でお願いします。何せいきなり死んだもんで具合がイマイチ……」
 しかし、そんな体育会系のノリに従ってやる義理はない。
 私は、生まれ変わったばかりの肉体を二つに分離させると、スタコラと会社を後にした。

 

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