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ラブストーリー

うみのおと 3

   

フィルムに収められた魂。
僅か二十数分の愛。

女子中学生と中学教師。
一冬の旅。

雨宿りに入った民宿で先生は倒れ、恭子は途方にくれる。
宿には誰もいない。
早くしなければ先生が死んでしまうと、気ばかりが焦った。

 

 恭子は濡れた髪にタオルを当てながら、静かに話した。

「雷、止んでます」
「ああ、そうだね」

 恭子がもう怖くないですよと笑うと、先生は静かに笑い返し、眺めていた写真を古いクッキーの空き缶に仕舞った。所々錆びた古い缶箱は、先生の宝箱のように思えた。

「じゃあ行ってくるよ」

 独り言のように先生は呟き、古びて切れかけた皮の鞄の中から、着替えとタオルを取り出す。丸めた背中が小さく細く見えた。
 先生が部屋を出ていくのを確認し、恭子はそっと缶箱の蓋を開ける。中には多くの写真が入れてある。先生が学校を辞めてしまうと聞いた日に見た奥様の写真は、あれから増えていない。増えて行くのは、二人で旅した世界の切り抜きだけだ。
 恭子はその中の一枚、まだ露に濡れるススキの写真を手に取った。なんという事のない風景だが、とても美しい。寂しさと儚さだけでなく、どこかに希望がある。朝露や雨粒に濡れる植物は、その身が枯れていても、どこか逞しい。その露を吸い、次の世代へ全てを託していく。託された次世代も、精一杯生き、また次の世代へと命を託す。野生の逞しさだ。植物は、自身が枯れ落ちる時、哀しくはないのだろうか? 寂しくはないのだろうか? もしも、自分が植物だったら、そんなに簡単に自分を諦められない。
 先生は、この画を、どんな気持ちで撮ったのだろう? なぜ、旅に出る事を選んだのだろう? 愛おしい奥様の傍を離れ、なぜ旅立ったのだろう? そしてなぜ、その旅に、自分を選び、連れて行こうと考えたのか……だが嵐の夜、様々に過ぎる疑問は、答えが得られる事のないまま、それを聞くチャンスさえ、奪っていった。

 それから一時間、先生は戻って来なかった。いつまでも風呂から戻らない先生を心配した恭子は、風呂場まで様子を見に向かう。

「先生……?」

 脱衣所から声をかけても返事がない。だがまさか覗くわけにもいかない。恭子は脱衣所と部屋を何度も往復しては、その度声をかけた。やはり返事は返って来ない。だんだん不安になってくる。先生といえど異性だ、その入浴中に戸を開けるのは勇気がいった。もしなんでもなかったら、はしたないと笑われる。軽蔑されるかもしれない。だがもしも、なにかあったとしたら……自分がうろうろしている間に、手遅れにでもなったら……そう思うとジッともしておれなかった。

「先生? 大丈夫ですか? あの……」

 声をかけた後も、何度も躊躇い、恭子は小さな右手をキュッと握り締める。これはおかしい、ぜったいおかしい。もしもなにかあったとしたら、自分しか先生を助けられる人間はいないんだと言い聞かせ、恐る恐ると風呂の戸を開ける。

 

-ラブストーリー

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