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SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 14

   

 岱馳は春の訪れを肌で感じながら、まぶたを閉じる。それは、失われた杏那の存在を想い出のなかでみるためだった。

 休日はもっぱら彼女の幻影をまぶたの裏のスクリーンで上映を観賞していた。
 だが、この日は訪問者がつぎつぎと現れた。呼び鈴の音の嫌悪感ときたらない。
 なんて日か、と嫌気すら抱く。これだけ落ち着かない日はない。

 新聞のセールス。同僚の訪問。

 セールスマンはどこか様子がおかしいが、すぐに追いはらった。
 梶原たちは南さんの風貌に変化し、また再会を望んでいるとつたえにきたのだ。

 そんなどうでもいいような事情をなぜ、岱馳は心の扉を開かなければならないのか。
 杏那との想い出に浸りたい時間を阻まれた報いをそれぞれ与えてやりたいが、その感情も失われている。
 はやくひとりになりたく同僚たちに適当なことをいって追いやった。

 投げやりな生き方は、その分、どこかでスピーディーに事態の進行がはじまっていることを、岱馳はしらなかった。

 岱馳は、ベランダで蝶々と戯れ疲れている猫に視線を移す。
 いまは、こいつがいればいい。それが生きるための癒しになっている。ほかに望むものはなにひとつとしてない。

 この日も、岱馳が望むべきニュースに進展はなかった。

 

 季節のおとずれは風が運ぶ。人は自らの肌でそれを感知しその季節を感じる。
いま春だとわかるのは、優しい風が辺りを包みたくさんの生き物が活発に活動し、生きるための新しい暮らしに備えるモノをたくさん収集する。
 猫はなんだかとてもうれしそうにたのしそうに宙に舞う蝶と遊戯していた。
 たのしそうにみえるが本能的に猫の野生さが狩りを強要しているのだろう。
 時折、牙や爪がきらりと光り、岱馳は目が眩む。
 だがこの猫は間抜けだ。ほんらい持ちあわせている野生はこの大都会と人に育てられているせいで失われているように映る。おそらく本能的でも狩りのしかたが無知だからだ。享受、技術、教養は動物でも人間でも生き抜くためには必須なのだ。その証拠に猫の鋭い牙や切り裂く爪では蝶を狩ることができなかった。
 すべての攻撃をひらりひらりとかわされていた。そんな光景を見ながらホッと息抜きをしている。
 自然界の摂理などどうでもいい。目を閉じ少しだけ杏那の思い出にふれようと安らかな時間をすごした。

 二人の宝物、旅の風景、杏那の顔、体、肌、温もり、それらを忘れないよう彼女の影をまぶたの裏でたびたび映しだしている。
 休日は至ってこれが習慣となっていた。そんな心地良い大切な時間を呼び覚ましたのが思い掛けない呼び鈴だった。

 ピンポーン。岱馳はこの音がキライだった。軽薄な音色に聴こえてならないからだ。

「だれかきたのか」
 しかたなく重い腰を持ち上げドアを開けた。居留守してもよかったがなんとなく素直にでてしまった。
「こんちわ~」そこにいたのは、どうやら新聞のセールスマンらしき男だった。四十代くらいのおじさんだ。髪はやや全体的に白髪で薄らと禿げ上がっている。なんの変哲もない中年的服装、おしゃれには程遠い格好、ジャージ姿でセールスとは見上げた商売根性。たぶん新聞の勧誘だ。即答で断ろう。
「けっこうです」何度断っても相手は低い腰ですがるような眼差しで懇願する。
「どうにかどうにか」念を込めて薄らと禿げ上がった頭が下がる。しつこく食い下がる。妙にしつこい。とにかくしつこい。
「お願いします。是非うちの新聞を取ってください。景品たっぷりサービスしますので」
 さらに妙なことに気づいた。巧みな言葉とは裏腹に、その男の視線は主である岱馳の顔をとおりこし、部屋のなかを探るように注意深く観察しているようにみえた。
 思わず岱馳はその視線で振り返りそうになった。が、そうすると、「お客さん、これ景品!」といって首を前にもどさせるのだ。
”怪しい”。
 それに不愉快だ。いままでも新聞やほかのセールスで勧誘してきたセールスマンはいたが、そのたびに相手の目を見て必死に是が非でも契約を取ろうと躍起になるはずだ。こいつのようにキョロキョロと自分の仕事に集中できないやつははじめてだ。この男の性格が注意散漫というなら話はべつだがそうはみえない。対面する接客業に不慣れで挙動不審になっている。未経験ならもっと相手をみつめるはずだ。
 なにか別の目的でも? 岱馳はそんなことで思考力をめぐらすほど暇ではない。
「もう、けっこうです!」無理やりその男を押し退けドアを閉めた。
 ため息をつき、猫のほうに視線を移した。猫と蝶は無邪気にじゃれていた。先とおなじ場所に腰を落ち着かせ瞳を閉じ、想いでに浸っていた。

 

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