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ラブストーリー

うみのおと 5

   

フィルムに収められた魂。
僅か二十数分の愛。

女子中学生と中学教師。
一冬の旅。
男は波間の果てにあるそれを見つめ、少女は男の背中を見つめていた。

恭子と「先生」そして美津子と逸夫。
それぞれの思いが、キラキラと巡る。

 

 のろのろとした足取りで子供部屋を出た時、玄関の硝子戸に誰かいるのが透けて見えた。夫の葬式を放棄してから、美津子を訪ねて来る者はがくんと減り、最近ではセールスマンと郵便屋しか来ない。だがそこに映る影はセールスマンでも郵便屋でもなさそうだ。ただそこに佇んでいるだけで、扉を開けようとも呼鈴を鳴らそうともしない。不審者かとも思ったが、その影は小柄な女性のように見える、そうでもなさそうだ。誰だろうかと目を凝らしていると、ジッと動かなかったその人は、ようやく思い切ったように手を伸ばし、呼鈴を押した。その音に背中を押されるように、美津子は玄関の戸に手をかける。

「はい、どちら様……」

 カラカラと軽い音をたて、木造の引き戸を開けると、そこにはまだ幼さが残る、若い女が立っていた。

「あ……の?」

 少女は瞳を見開くようにして美津子を見つめたまま、黙って立っている。薄い唇は固く結ばれ、表情は真剣そのものだ。その顔を見て、瞬時に察した。これは、夫と旅行に出たという女生徒だ。夫の最後を見とった「女」だ。美津子の中に冷たく残酷な戦慄が奔る。
 少女は、美津子を見つめたまま、身動き一つしない。緊張したその表情を見ていると、美津子も落ち着かなくなる。何しに来たのだろう? 他人の旦那と知っていて二人旅に出かけ、その最後を看取った娘が、見捨てられた妻になんの話があると言うのか。自分は最後の最後まで愛されていた、妻という名を持つあなたなんかより、ずっと深くあの人と繋がっていた。そう主張しに来たんだろうかと戸惑った。だが、相手がなんと思おうと、妻は私だ、私が彼の正妻だ。私がおどおどする必要はない筈だと思い直し、美津子は口火を切った。

「鈴木さん? あなた、鈴木恭子さんでしょう?」

 問いかけても、少女は返事をしなかった。しかしその表情が全てを物語る。もう一度、恭子さんよね、と声をかけると、少女は小さく頷いた。

「どうぞ」

 家の中へ招きいれると、恭子はあたりを見回しながら、のろのろと入ってきた。時代遅れの大きなハンディカムビデオをしっかり抱きしめ、あたりを見回す様子は、どこかみすぼらしくて、おどおどして見える。だが所詮子供とは思えなかった。この女は、他人の夫を奪っていった、それなりの覚悟も色もある筈だ。敵意を抑え切れない美津子は、恭子を茶の間へ通し、そこへ座れと座卓前を指差した。恭子はおずおずとそこへ座り込む。それを横目に、美津子は台所へ向かった。
 とりあえずお茶でも淹れよう。いや、若い子だからお茶より珈琲のほうがいいだろうか? やはりオバサンねとバカにされるのは嫌だわと、妙な意地を張り、美津子は奥の棚から紅茶のティーパックを取り出した。それを一番上等なティーカップへ注ぎ、恭子の待つ茶の間へ戻る。

 

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