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SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 16

   

 予想できない訪問者が現れた。女性が立ちはだかる。驚く岱馳。そのひとは南さんだった。
 見た目がぜんぜんちがう。変わった、と梶原がいっていたが、ほんとうだった。

 いまの自分とはじめてほしい、という彼女の懇願。岱馳はまたしても苦悩する。

 二月の寒空もあって、室内に招いてしまう。その変貌さに、岱馳はまんざらでもないのか、と思ったのかもしれない。しかし、それはしっかりと話しあうためだった。
 もう二度と待ち伏せまでして無駄な時間をたがいに労せずにすませるために。
 しかし、南さんは岱馳に唐突に抱きついてきた。見つめあう瞳、近づく唇、たがいの心が引き合うかのように、その夜、ふたりはスタートに立ってしまう。が、岱馳の頭にある声が鳴いた。
 猫だった。その存在が介入してきたおかげで、男女は引き離された。

 岱馳は恐れた。南さんの怒号がふたたび現れるのではないか。

 思ってたより、彼女は引き際がよかった。だが、これはまだ序章にすぎないのかもしれない。
 岱馳は予感した。彼女はまた、この部屋に訪れるかもしれないと。

 

 お尋ね者は忘れたころにやってくる。いつのまにか岱馳と猫の話題も周囲は冷めたようでヒーロー、アイドル扱いにも影が差しすっかり事件が起こるまえの生活にもどっていた。けっきょく、芸能人の仲間にはなれなかった。46日のあいだ、テレビ新聞というメディアはふたりをにぎわせながらもっと大きなスクープがあるとそっちに移行していった。

 会社でいつもの場所で食事をしていても、眼前をとおり過ぎるときに「おつかれ」とひと言だけいって去っていく職場の人たちに疎外感を覚えた。ほんの少しまえなら猫に触れようと近寄って興味津々だったにも関わらずいまは過去のことと割りきり、ヒーローとアイドルの黄金時代を錆びつかせた。
 猫にも原因はある。あまりにも主人以外に関心をしめさず周囲の反応にいっさいこたえない。だれにもなつかない。こんな態度では、猫の傍に寄って触れようとしてもなんの反応もしめさない小動物に関心が失せておもしろみがなくなってしまうのはとうぜんだ。
 流行はいっときのもので、人気になった玩具やぬいぐるみも時の経過や汚れ、壊れたりしたらその対象に興味が失せてしまう。べつの新しい対象のモノが手にはいったらそっちに気移りしてしまいそれまでおなじ時間を過ごし大切だと思っていたものでさえ興味がなくなってしまう。完全にそういうものがあったことさえ忘れてしまう。岱馳たちはそれとおなじ現象にみまわれたにすぎない。

 岱馳としては寂しく感じていたが猫は気ままな態度でひたむきに主だけを見ていた。一世一代の大舞台も風とともにあっけなく走り去り、特急列車においていかれた気分だ。吹きすさぶ風もいつかはゆるくなごやかな風へと変わり、退屈で静かに他人に束縛されない以前の日常にもどった。
 猫もベランダで気楽にのん気に小屋のなかで過ごしている。岱馳が望んでいた暮らしになった。束の間の遊戯だった。
「これでやっとぬるい暮らしにもどれるはずだ。なにを期待しているんだ…」
 うっすらと絹のような薄い雲が夜空を覆い円形の月がその薄い雲の膜から遠慮がちにかすかな明かりを主張しようと穏やかな光を放っていた。見上げた者たちの胸を切なくさせるような淡い光、それを人々はどう感じているだろう。仕事の疲れがずっしりと肩にのしかかる重みが両足の影を引きずりながらも必死に自宅へとつまさきをむける。
 岱馳と猫だけの暮らしにもどり、大家に感謝をいった瞬間すべてがリセットされた。

 最寄り駅附近のコンビニエンスストアで夕食の買い物をすませた。この疲れを癒してくれる。そんな頭のなかに浮かぶイメージはひとつ。恋しいほどの“布団”だった。部屋で待つ布団が愛しくてこの帰路の時間がわずらわしく、頭が重心よりまえにでる姿勢で歩行していた。
 いますぐにでも上下に開く厚みのある唇のような布団のなかにこの身を挿入させ、たっぷりと膨れ上がった全身の疲労感を解放させてほしい。思い焦がれるあの温もりと感触、安らぎと柔軟な母の懐のような布団に包まれたいと想いにふけりながら、夜の深みにのまれて現実から遠退いていく。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


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