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幻影草双紙79〜恋の丸の内(前篇)〜

   

 『有楽町で逢いましょう』へのオマージュ、というほどではありません。
 でも、ともかくも、発想のヒントにはなりました。

 

 
 東京――。
 雑踏と騒音に囲まれた、エネルギーあふれるメトロポリスである。
 だが、その中に静寂と憩いの場所もある。
 いくつかの広い庭園があるのだ。
 江戸時代の大名屋敷の庭が、庭園となっているのである。
 大きな池があり、緑の樹木が茂る庭園は、人々に、ひとときの憩いを与えてくれる場所になっている。

 そうした庭園を見下ろす場所に、大正緑林大学の付属病院があった。
 広い駐車場があり、その先に、8階建ての病院がある。
 昭和40年代に作られた建物で、現在では、老朽化が進んでいる。

 その8階の病棟に、桜井修造は、入院していた。
 8階の窓からは庭園が一望出来るのだが、ベッドに寝ている桜井修造には、見ることができなかった。
 だた、庭園から流れてくる、東京都は思えない静かな雰囲気を感じるだけであった。
 入院して、ほぼ1年。
 雰囲気だけで、四季のうつろいを、感じていたのである。

 深夜――。
(そろそろ時間だな)
 桜井修造は、ゆっくりと身体をまわした。
 寝返りをうつだけでも、また、痛みがこみ上げてくる。
 大量の鎮痛剤が入っている筈なのに、疼痛が去らない。
 枕の下から小さい時計を取り出し、文字盤を見る。
 夜行塗料で、数字と針が、青く光っていた。
(あと5分か)

 この時計は、初めての海外出張の時、羽田の空港で買ったものである。
 世界の二カ所の時間を、同時に見ることができ、目覚ましの機能がある。
 クオーツではない。
 古い、機械式の旅行用時計である。
 頑丈で、これまで壊れたことはない。
 ずっと愛用しているのだ。
 米国や欧州でのビジネスの修羅場から、アラビア半島の硝煙の中でも持ち歩いた。
 そして現在、病床にまで置いているのだ。
 5分間待つのを味わいながら、桜井修造は、周りの気配をうかがった。

 深夜の病室である。
 4床のベッドがある部屋だが、現在いるのは2人。
 その隣人は、反対側のベッドで、鼾を立てている。
 彼の隣のベッドは、一昨日、空いた。
(次は俺の番か。息子に再会できる)
 桜井修造は、透明な気持ちで考えていた。

 

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