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SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 17

   

 バレンタインデーの時期になると、会社の女子がそわそわしていた。その態度に、岱馳はイラついていた。仕事に集中してもらいたい、と。

 義理チョコだとわかっていても、梶原よりも多くチョコをもらい、まんざらわるくない様子で帰宅する。
 ふと、現実に戻されると、一番ほしい相手からもらえないことに心の崩落がはじまっていく。

 会社の女子からのチョコにはメッセージが書き込まれていた。それは岱馳への励ましのメッセージだ。だが、あまり嬉しくもなんとも感じなかった。ただ周囲に気を使わせている、その事実だけを理解した。
 猫へのメッセージも込められている。しかし、猫はメスだとわかった。同じ女が作ったものなど舐めることさえ拒否する態度に、岱馳は嘲笑した。

 杏那からの毎年貰っていたチョコとプレゼント。それは今年から貰えないことをわかっていた。
 プレゼントされたもので、お気に入りの懐中時計と万年筆を失っていた。
 部屋をひっくり返すくらい探す。落としたと思われる場所も捜索するも、みつからなかった。
 だが、どういうわけか、猫の目線だからか、室内で発見してくれた。

 猫は主へ恩返しをした。とやっとそう思えた。岱馳は感謝をする。ますます猫への愛情が増幅していく。

 しかし、幸福に満ちた気持ちでいる一日の最後に、予期せぬ、いや予期できただろう訪問者が呼び鈴を押した。

 きょうはバレンタインなのだ。

 

 二月も中旬、会社の女子がやけにそわそわしているのが目にはいる。女子の雰囲気がいつもとちがう。落ち着かない。そんな彼女たちの態度に普段どおりの仕事に集中できないでいた。
 社員としてここはみんなに一喝いれてやろうと席を立つ。しかし振り返った瞬間、岱馳の行動を制止した者がいた。
「おい、やめろって。きょうは女子にとって年にいちどのアレだぜ」
 梶原だ。岱馳がイラつていることをさっし、腕をつかみ引き止めたのがこいつだった。
「なんだよ、アレって」無愛想な声で返した。
「なんだ忘れちまったのか、バレンタインデーだよ。バ、レ、ン、タ、イ、ン」ちゃかしたように梶原がいった。
「おまえがいうときみわるい。だいたいバレンタインは明日だろ」
 おもむろに梶原は、紙を岱馳の顔のまえに押つけるようにしてみせた。
 なにかが書いてある書類のような、あまりにも近すぎて目測できない。梶原の手からそれを払うようにしてとった。岱馳がつぎに言葉をだすまえにふざけた男が先に口にした。
「明日の出勤シフトだ。彼女たちの目あての輩はみんな休み。もちろんおれもおまえも。だからきょうはバレンタイン・イヴってわけだ」
「なんだよイヴって、俗してんな」シフト表を投げるように返した。
「社会人になるとこういう間のわるいときに大事な習わしがすり抜けてしまうからな。女子も気をまわしている」
「だからなんだよ。おれには関係ない」
「まぁ、そういうなって、おまえに渡したいコはけっこういるらしいよ。二、三個はもらえるって」
 梶原は岱馳の肩に手をのせていった。
「いらん。そんな義理なもの」その手を払いのけた。だいたい梶原は岱馳より多くもらえる気でいるようだ。なにが二、三個だ。

 岱馳は、毎年バレンタインは杏那からもらっていた。それと同時に今年はなにももらえないという現実をしった。どこか記憶で自分自身に語りかけていたのかもしれない。
「今年は杏那からバレンタインプレゼントはないのか」
 だから多少のことでいらだっていたのかもしれない。杏那からバレンタインのプレゼントをもらえない現実から落ち込まずにいられなかった。いらつきの原因が究明できて彼女たちの物言いする気力すら失せていた。きょうはこのまま口をつぐむことにした。
 梶原のいうとおりチョコをもらった。同僚女子三人、明日香と林と市来だ。とりわけうれしくもないが愛想よく礼をいった。ほかに派遣の女の子たちから数個もらったのには少し胸が高鳴った。もちろん義理だ。ほんとうに意外にも人気あるのかなと照れた。本心は心ここにあらず、紅潮していく自分の顔が鏡を見なくても体感で熱くなっているのがわかる。
「ヤバ、顔がニタついている。恥ずかしい」
 大量のチョコがはいった箱を袋に詰め、自宅に持って帰って閉じてある封を開けた。
 逆に、梶原は二、三個だけもらったようだ。ぜんぶ義理だった。
 岱馳のすし詰の袋をみて顔に影が差していた。勝ち誇りの笑みをみせつけてやった。

 

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