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小野寺 諒

   2015年6月30日  

 結婚式場のオーナーである工藤からの直談判により、工藤が経営するレストランで二日間働くことになった橘心治。
 複数の問題を抱える結婚式場に入り、心治は工藤の抱く小野寺諒への愛情を再確認する。
 それと同時に諒のことを少しだけ工藤から聞いた。
「人見知りで引っ込み思案で童顔だが、芯がしっかりしている。」
 要点はこれだったが、実際に心治が見た諒は、色白で細身でそして決定的に自信に欠いていて。
 そんな諒を容赦なく威圧する女性スタッフの斎藤美沙子。
 心治は自分に媚びる美沙子を置いて、諒の元へと歩みより自己紹介をして握手を求め、それに答えた諒に心治はある気がかりを抱いたのだった。

 

 
 ホールにスタッフ全員が集まって、お疲れさまでしたと労いの言葉を掛け合う。
 今日の業務は終了した。
 全員が帰って明日の打ち合わせをしようと思っていたのに、誰一人としてホールから出ていかない。
 このレストランでは隠し事が通用しない。
 一人の問題は全員の問題。
 本当に内密にしたいことがあるならば職場外で個人で落ちあわなければ、こうして人が集まってくる。
 一人で悩むより全員で話せば自分にはない発想に触れられ、考え方の選択肢がぐんと広がる。
 日曜祝日に入るアルバイトの高校生も同じだから、本当に全員がそうなのだ。
 何かあると嗅ぎつければホールスタッフのみならず、キッチンスタッフも帰宅せずのものの見事に全員が留まっている。
 当たり前だが、心治もマスターも妙な空気を漂わせたわけではない。
 心治は無表情だし、マスターはいつも通りの朗らかさなわけで。
 二人ともに種類の違うポーカーフェイスだが、どこからどうすれば何かあると嗅ぎつけるのかスタッフ達は心治とマスターのもとに集まり始めた。
「なんかあるんでしょ?早く話してくんなきゃ帰れないじゃないっすかー!」
 我慢の限界だと切り出した、ホールスタッフのムードメーカーである沖大和。
 年齢は心治と同じ二十六だが、決定的に落ち着きに欠ける。
 常に明るく、思ったことを直球で口にする素直さは、長所であり短所でもある。
 大和の意見に皆便乗して頷く。
「鼻の利く人たちで困りましたね。」
「全くですね。」
 嬉しそうにほほ笑むマスターと、若干困り顔の心治。
 マスターは根負けしたと切り出し、全員を集めて今日と明日のことをすべて話した。
 すると全員ジリジリと心治に歩み寄り、にんまり笑って心治を見上げていて。
「…なんだその目は。」
 スタッフの期待一割、からかい九割の視線に、心治の表情がわずかに曇る。
「どんな奴かしっかり観察してきてくださいね。明日の仕事終わりに一から十までぜーんぶ聞きますんで!」
 大和のそれに全員大きく揃って大きく二度頷いた。
「わかってるさ。報告はしっかりするが…。」
 ニヤニヤしているスタッフ達を見ていたら、心治がムズムズしてしまって。
「妙な目でじっと見るな!」
 心治のしびれが切れてしまって、全員を追い払う。
 掃除を済ませたホール内を笑い声をあげて全員が駆け回る。
 それを眺めるマスターは心底幸せそうな表情なわけで。
 自分のレストランにはなんていい人材が集まっているのだろうかと、誇らしく思う。
 ここで勤め始めたころの心治は、一切笑わない感情そのものが凍りついた状態だった。
 それが今はウソのように思えてならない。
 もう少し見ていたいがそうもいっていられない。
 夜も更けてしまった。
「さぁ帰りますよ!もう時間が遅いんだから!」
 マスターの声かけで追いかけっこに終止符が打たれ、笑いあいじゃれあいながらスタッフたちは控え室に引き上げていく。
 心治のみ、なんだかむっとしたまま最後尾を歩いていて。
 彼の背に、マスターはそっと手を当てた。
「明日、頼みますね。ご報告お待ちしてます。」
 マスターの声で、心治の表情が柔らかくなっていく。
「はい。」
 多くを語らない心治の簡素な答え。
 たった一言のそれでも、二人の心をつなぐには十分なやり取りだった。

 翌朝。
 いつも朝の練習している時間帯に、心治は玄関で靴を履いていた。
 こんな時間に外を出歩くのはいつ振りだろうか。
 学生時代も確かこの時間は練習をしてたから、鍵盤に触れていた記憶がある。
 しかし外出の記憶は記憶を漁り倒しても思いだせない。
 そんなことに思考を巡らせながら楽譜と貴重品もろもろを入れた大きめのトートバッグを手に取り、心治は立ちあがって目の前の扉を開いた。
 心治はマンションに一人暮らしをしている。
 部屋を出て駐車場に向かう最中、今日使えそうだと思った曲に思いを巡らせる。
 一度弾き込んだ曲は忘れないタイプだが、いきなり弾けと言われてもすらすら弾けることなんてまずない。
 手持ち曲の中で結婚式で使えそうなものと、過去に練習した曲が載っている本を棚から引っ張り出して一晩中練習していた。
 根っからの練習の鬼で、尚且つあまり睡眠をとらなくても大丈夫な心治だから為せる力業である。
 練習の甲斐あって、何とか弾けるレベルまで持っていけた。
 車に乗ってカーナビに行き先の結婚式場の情報を入れて、シートベルトを締めてエンジンをかける。
 ピアノ演奏に対しての緊張は、今までの場数のおかげで全くない。
 ただ気がかりなのが式場までの道のりである。
 高身長高学歴で容姿端麗な上、ピアノの腕前も一流。
 ある程度のあれそれはきれいに揃っている心治であるが、筋金入りの方向音痴だからはじめて出向く場所はどんなに近場でも集合時間の一時間前に家を出る。
 迷って遅刻をしたら洒落にならない。
 遅れた時間は、どうあがいても戻ってはこない。
 カーナビによれば予定当直時刻はここから十五分と経たない場所の様だが、フンと盛大に鼻を鳴らした。
―十五分で到着なんてありえんだろう。
 そっと毒を吐いて、心治は結婚式場に向かうべく、エンジンペダルをじんわりと踏み出したのだった。
 家を出て約四十分後、心治の車が結婚式場の駐車場に到着した。カーナビの方向指示を聞き逃し、同じような場所をぐるぐると回りに回った結果がこの時間である。
 無事車を止めてエンジンを切って、心治は大きなため息をついてシートに背中を投げた。
 カーナビの方向指示は遅い上にわかりにくい。
 第一五百メートル先の信号だとか言われても、走ってきた道路は信号が数珠繋ぎだったから、どれを指しているのか分からない。
 と、十五分の道のりを四十分も時間を費やしたことを、あたかもカーナビのせいにしてみる。
 一息ついて、トートバッグを手に取り、心治が車を降りてロックをかけると。
「橘君!」
 工藤が式場内から駆けてきて、心治に声を飛ばした。
「工藤さん。」
 心治も工藤のもとへと駆けだした。

 

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