幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 18

   

 その呼び鈴は、新たな恐怖のはじまりでしかなかった。
 岱馳は考えることをせず無意識に扉を開けた。そこには南 藍子が立っていた。
「バレンタインのチョコ」それをわざわざ持ってきたのだ。そして、愛の告白をされる。
 岱馳は困惑する。その少しの間で、南は部屋へと侵入する。
 抱き合ってしまう二人。そこへ、猫が背後から忍び足で近寄っているのを岱馳は感じ取った。
「まずい」
 なぜか、岱馳は浮気現場を見られたように、ばつがわるくなった。

 猫の凶暴なまでな変化が現れた。闘争心むき出しに、南を敵とみなし飛び掛った。
 狂乱するのは南のほうだった。ふたりのメスは衝突しあっている。
 とんでもない修羅場を目の当たりにしている岱馳に、成すすべはなかった。
 一喝し、猫が南の頭から離れた。ぐしゃぐしゃの姿になっている南 藍子。さながらお化けのようだった。
 嫉妬、そのコトバを吐いて猫へ向けた敵意を、南は押し込めて去っていった。

 後日電話すると、南は冷静さを保ちながら、だが無感情で話をする。
 岱馳は猫のことで謝罪する。南は岱馳のことをあきらめて、新たな前進をすることを誓う。

 それは南の過去との決着をつける必要がある。そこに猫が現れた。

 

 呼び鈴が鳴った。まるで悲劇の舞台の幕が上がるベルのように。
 岱馳の精神は喜怒哀楽の感情が渦巻く大きな湖のなかでなんの抵抗もせず、ただ渦の流れに身をまかせ意識的にではなく、何気ない習慣に禁断のドアを開けさせた。

「こ、こんにちは」
 ドアが開いたことに驚いたように身を引く。そこに立っていたのは南 藍子だった。
“またか”。
「こんにちは」条件反射的にこたえた。
 姿が変わった南さんの手に箱のようなものが視界にはいった。
“まさか”。
 男は察した。バレンタインチョコだ。
「これ、作ったの。チョコ。受け取ってください」
 震える声の南さんがさしだす箱。予想どおり。からだを硬直させるには十分なものを突きつけられている状況に、この硬直を和らげることのなにかがなければこのまま“生き彫像”になるかもしれないと脳裏をよぎる。
 受け取るに受け取れず。その迷いがさらに全身を強張らせ声もでなくなっていた。”いらない”。

 惹きつけるような南さんの眼差しを拒否しながらも、部屋の扉を開けてしまった後悔の念が、心のドアを完全に閉じていた。
「受け取ってくれませんか、お願いします」
 おそるおそる南さんはいった。声を震わせ寒さからではない。緊張からなる好意ある相手への思いをつたえるための精いっぱいの告白なのだろう。
 意思が弱かった。きょうふたつの宝物が再び主の手もとにもどってきたというのに南さんの思いがけない登場でよろこび勇んでいた気持ちが、ローソクの灯を吹き消すように儚く消えた。差しだされたチョコの入った箱を受け取ってしまった。
 予測はできた。南さんの存在を忘れてさえいなければ居留守を使うこともできた。無防備にドアを開けてしまい、せめて覗き穴から見ることさえしていれば苦悩に縛られることもなかった、と悔いた。
 自己のミス。とはいえ南さんのチョコを手にしてしまった以上、このあと彼女から出る言葉が恐くなった。
「あ、ありがとう」ほかに言葉など思いつかない。苦笑の礼をいうと訪問者は微笑み、やはり自分の感情をぶつけてきた。
「あたしね、あなたのことあきらめきれなくて、しつこいところは変わらなくて、でもほんとうに好きです。あなたと一緒に生きていきたい。本気で、いまはひとを愛しているって実感しているの」
 ほらみろ、いわんこっちゃない。
 手に持つ後悔のバレンタインチョコに嘆く。

 彼女は感動をつづける。
「あなたがまえにいっていたこと、いまならわかる。ひとへの思いやりであたし自身、優しくなれた気がする。その気持ちがまわりにもつたわっているみたいで周囲のひともあたしに優しくしてくれる。いまはひとを信じられる気持ちになって、あなたのおかげで気づくことができたの、ありがとう」
 彼女はそこまで一方的に話した。ふと男の顔を直視しながら、決定的な言葉を吐いた。
「あたしのこの想いあなたに届きませんか」
 これは完全に告白だ。この問いに答えなどない。でない。その沈黙が彼女には答えだと察したようだ。
「わかっています。あなたの気持ち。あたしにないこと」
 ならわざわざ告白しにこなくても、と苦汁をのまされた気分だ。その気持ちがつたわったのか、見据えるように彼女はみていた。
「でも、あきらめきれないんです。あの“占い師”にいわれたんです。意中のひとに想いをつたえることだと。それでプレゼント持ってきたんです。きょうという日に期待を込めてそうしたら願いが叶うと…」
 そういうと南さんは高ぶった感情が瞳からあふれるように輝きを放っていた。その感情は盛りついたメスのように男に抱きついていた。
「わっ」
 女が抱きついたままうしろへ倒されながら思考力は以外にも冷静に、“占い師め余計なことを”と、彼女のからだを受けとめながら叱咤の声を心であらげていた。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


コメントを残す

おすすめ作品