幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

死神の鏡身 一話

   

 この世界は悲しみに浮いている。
 涙を食らって生きている。
 だから人はいつだって悲しみから開放されないし、それを忘れることだって、絶対にできない。

 都は水に支配された町だ、居住区は水路が張り巡らされ、そこを脈々と水が流れる。世界の九割は水につかり、やがて滅びを待つだけの、そんな世界。
 その世界で生きる一人の青年、シャオがこの物語の主人公だ。
 彼は日々を気ままに過ごす。遺跡を探索したり、碑文を読み解いたり。それを日常とし、どこに続くでもない、何かをなすでもない自分の人生に満足を覚えていた。
 しかしそんなシャオの日常は唐突に流転する。
 かつて深い交流を持っていた幼馴染アキラの無理やりの人事異動にて、無理やり教師の役目を背負わされたシャオは、それに反発しながらも受け入れ、忙しい日常を取り戻していく。
 それはかつて、自分の恩師が生きていた時にあった生活によく似ていた。
 同じころ、平穏な都に黒い影が差す。濃密な死の香り渦巻く都で、シャオは自分の運命と向き合うことになる。

 

一章 『来訪、再会、そして』

 この世界は悲しみに浮いている。
 涙を食らって生きている。
 だから人はいつだって悲しみから開放されないし、それを忘れることだって、絶対にできない。
 だって、そうしないと世界は回って行かないのだから。 

「なるほど、うまい比喩だ」
 シャオはそううなずき、身の丈を超える巨大な石板を優しくなぞる、風化しはっきりしないその文字は、こすられることでさらに形を失っていく。
 これでまた、この石版につづられた思いは、消滅に一歩近づいたことになる。
 シャオは手についた粉を払う、すると白い煙がうっすらと白い線を引き、空に昇る。
 それを追ってシャオが空を見上げると、今日も晴天だった。
 ここからなら空が見える。
 抜けるほどの青空、そして視線を下ろすと膝まで満たす青い水。
「確かに、悲しまずにはいられないよ。いくらのんびりした世界だとしても、それは確実に訪れる、みんな知らないだけだ。人が死ぬってこと」
 今でも思い出せる、自分に起きた、悲しいこと。
「ぐったりしたからだ、わずかばかりの頼りない体温、肩にかけた腕には力がなくて、そして……」
 そうシャオは思い出す。あの日のこと。別れの光景、最後の言葉。
『あの子をよろしく』
 そんな悲しい出来事を、シャオは今でもたまに思い出す。
「ああ、だめだな、湿っぽくなったらだめだ。今日は、今日は会いに行ける日なのに」
 そうシャオは無理やり笑顔を作ると、重心を後ろにかけた。
 水面に吸い込まれるように、ゆっくりと背中から倒れて、そして。
 ぱしゃんと、水の柱を上げて、水のなかへと沈んでいく。
 自分を水の中に吸い込もうとする落下する力と、上へと浮上させる浮力が釣り合ったとき、シャオは目をあけた。
 差し込む光で水は輝き、シャオのまき立てた泡が収まるのを待って、両脇ふさぐ頑丈な意志に触れ、水の流れに抗うことなく、揺らりゆらりとただ流される。
 はるか先まで続く水の水路を進むシャオは、何を思ったのか切なげに微笑んだ。

*  *

 この世界は水で満たされている。人が住める場所はほんの少ししかない。そもそも生き物が生きられる場所がほんの少し。
 それでも生き物は生きている。
 世界のほとんどは涙の海で。入り込めば最後、悲しくてしょっぱくて生きていけないと言われている。それに対して真水がわくわずかな一帯に住める場所を確保して、人間たちは生きていた。
 それが『都』だ。
 永久機関により水に浮き、人間が住める陸地となっている建造物。
 しかし、水に浮いていると言っても、その半分が水の中にあるので、人々の生活からは水は排除できず。
 居住区と呼ばれる、生活スペースは半分が水に浸ってる。
 そのため、居住区のある階層はほとんどのものが石造りとなっている、通路も、壁も。橋も家もみな石。
 天井さえ石が覆っている。だけど薄暗いということはない。
 町中に張り巡らされた水路から光がわき出ているからだ。その光だが広く空を覆う天井で揺らめき、わずかに反射し町に降りる。
 それはとても幻想的な風景だった。
 だがシャオはそれを感慨もなく見下ろしている。
 シャオは現在、都を貫くようにそびえる塔『機関』の内部を走る、円筒状エレベーターの中にいた。
 ごうんごうんと唸りを上げてシャオを上に運んでいくエレベーター、シャオはその側面をぐるりと覆うガラスに背を預けて、ぼーっとエレベーターランプを見上げる。
 そして唐突に、エレベーターの唸りがくぐもったものに変わった、一瞬の暗転。
 次いで、目に突き刺さるような刺激的な陽光が、エレベーター内部に降り注いだ。居住区の水底から湧く光と違って、肌を焦がすような熱を持つ光。それは太陽光で、居住区の上に出た証拠だった。
 そこは中層と呼ばれる階層。
 一面に緑の大地が広がり、ところどころ茶色になっている区画があるのは、牛や羊が食べ過ぎたからか、野菜を育てるために耕している場所だった。
 そう、ここ中層では主に食料の生産を行っている。
 シャオが見下ろせば、小さな点となって動物たちが群れており、それを管理する人が草原に横になって居眠りをしていた。
 そのほかには木製の建物がいくつかあり、一際大きな建造物は学び舎として少年少女の集う場所となっている。
 それらが太陽の光を受けて、全て輝いて見えた。
「今日も本当に天気がいい」
 そうシャオは空を見上げる、空には白く燃える太陽がある。
 だが都を覆うように、天蓋と呼ばれる大きなガラスの傘がかぶせられているので、ぼやけて見えた。
 そのままシャオは機関塔の天辺に視線を移す、天蓋を支える最上階の一つ下がシャオの目的地だからだ。
 そして、その目的地まではあと少し。シャオは防水ポーチから一枚の紙を取り出す。
「どういうつもり何だか」
 そうシャオは深くため息をついた。

*  *

 

-SF・ファンタジー・ホラー

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

   2017/11/20

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】15

   2017/11/20

ロボット育児日記39

   2017/11/17

忠実な部下たち

   2017/11/17

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   2017/11/16