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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

天使のように、泣け [第2話]

   

ナイフ使いを退けた珠里を待っていたのは巷を騒がせているバラバラ殺人事件の犯人・タカナシ タカハだった。タカハは妹・ミズハを守って欲しいと珠里に六百万を渡し去って行く。
情報が欲しい珠里は警察官である笹倉健吾と一夜をともにし、情報を引き出そうとするが――
『天使のように、泣け』第2話

 

第2話

 フェリチータのドアを押し開けると、アンナがこわばった表情で顎を奥のテーブルへしゃくった。ちらと珠里が目をやると、少年は――まだ少年というのにふさわしい年齢だった。十八、九だろう――うっすらと微笑んだ。
 それを目の端に止めると、珠里はカウンターで怯えるアンナに指を振って、さも忘れたふりをして尋ねた。
「あー止血パッチある?」
「……またなんかしたの?」
「ちょっとね」
 戸棚から止血パッチを取り出したアンナは鼻をひくつかせながら、「火遊びでもしたの?」と眉根をしかめた。それに肩をすくめながらタカヤに声を放った。
「坊や、ちょっと待っててくれる? 女のたしなみってやつをしなきゃいけないのよ」
「なるべく早くお願いします」
 止血パッチをひらひらと振ってみせると、カウンター脇のトイレへと入った。がっちり鍵をかける。切られた上着を苦労して脱ぐと、鏡に向かって右を向く。右上腕部がざっくりやれられて血がブラにまで染みこんでいた。染みこんだ血は体温で凝り始めていてかゆい。ティッシュペーパーをぐるぐる巻きにして血をぬぐうと、止血パッチの袋を口で切り、慣れた手つきで貼り付けた。本当なら鎮痛剤が欲しいがあいにくと持ち合わせがない。
 鏡の前で痛みを紛らわすように足踏みする。
 股がむずむずする。
 ショーツのなかはひどく濡れていた。
 慰めるのは後にして、切られた上着を再び身にまとうと平然とした面持ちでトイレのドアを開けた。
「待たせたわね。ええっと……オトナシ タカハくん」
 天井のライトがオトナシ タカハの輪郭を背後に澱のようにたまる暗さから切り取っていた。
 もっともタカハはそれで埋もれるような少年ではなかった。
 銀幕スターのような美少年だった。
 だが、腺病質的で体は薄い。肉付きも悪そうで、珠里の好みではない。性格も内気そうだ。顎は細く尖り、唇は薄い。尖った鼻がきかん気の強そうな風情だったが、黒縁眼鏡の奥の薄く緑がかった瞳は発情した犬のような興奮に染まっていた。儚げな風貌と目のぎらつきだけが不釣り合いだった。
 客は珠里とタカハ以外誰もいない。いつも控えめにしっとりと流れているジャズもロックもかかってない。危険を察知したアンナがほかの客を帰らせたのだろう。いい判断だった。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

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