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SF・ファンタジー・ホラー

cat 〜その想い〜 24

   

”こっち”。岱馳を囁き導くその声の行き先は、廃墟ビルだった。そこに猫がいる。

 岱馳は妙に異質な空間のなかに踏み込んだようで、佇んでいた。一歩が踏み出せない。恐ろしさのあまりにだ。
 地団駄踏んでいるなか、パーンと、乾いた音がビルから響いた。
 その音は聞き覚えがある。背筋が凍るように、思い出した。
「ピストルの音―」
 岱馳はぶつぶつと強気な虚勢の言葉を吐きながら、前進していく。

 無人の廃墟ビルだが、岱馳以外の足音をきいた。
”なにかいる”、猫ならいいのだが、そんな気配ではないことだけはわかった岱馳だ。
 そのかすかに影がちらついた瞬間、岱馳は畏怖し逃げ出した。
 階下へとくだるさなか、飛びついてきたものに驚愕する。

 猫の捜索が思わぬ事態に発展していく。岱馳は幾多の窮地から逃れることができるのか、それとも太刀打ちするのだろうか。

 杏那を轢き殺した犯人と、ついに接触。
 岱馳、最大のピンチ。そして、猫の様子がおかしいことに気づく。

 

 猫が唐突にも走り去った場所から、そう遠く離れていないところにそのビルはあった。二、三十分は走りつづけていた。いや導かれる声に走らされたのかもしれない。さすがに息が切れて目まいもする。日ごろの運動不足をこういうときばかりに悔やむ。体力の限界を感じて、呼吸を整えるため地面にすわりこんだ。朦朧とする意識のなか男の眼孔は廃墟ビルをにらみつけていた。
 そこにまたもや聴覚に侵入する姿なき声が囁く。眼前にうっすらと白い霧が揺らめいていた。それは半透明のような、はっきりしないが、まるでこのビルを覆い隠す結界のようだった。
 大都会の騒音、にぎわう人々の会話、それとは無縁ですべての音から遮断されたような廃墟ビル。さしずめ大都会のバミューダトライアングルのような異空間をその身で感じていた。まわりからは隔離されこのビルだけが人を遠ざけているようだった。
 霊的なものなのか、はたまた土地が人を拒んでいるのか、何もわからないがひとついえるのは、このビルからは強い意志が含まれ飛散しているのがわかった。導かれる声の主と猫の存在を気にしながらも前へ進む気力がよみがえってきた。
 囁き声はこのビルから漏れている。

”こっち”。

 まるで手招きされているような幻覚と対峙し、この瞬間が現実なのかと半信半疑の面持ちだった。もともと幻聴と思っていたものが猫と離れるほうがいまの飼い主にとってそれは苦痛としかいえなかった。
「さて、迷子の捜索をはじめようか」
 意を決するかのように両の足を地面に立て直したが、気構えとは裏腹に臆していた。
 無人の廃墟ビルは恐怖という言葉がぴったりあうほど霊的な威圧感がある。無人と安心してわかっているがなにか起きたら、なにかがでてくるかもしれない、と恐怖がせせりあがり自己暗示をかけていた。
 その恐怖はいつも冷静な精神を鈍くさせ、ありもしないものを見させる傾向がこういう場合よくある話だ。
 ちまたの霊体験などはこういうのがほとんど原因とされる。
「ほんとは、できることならこんなところはいりたくもない。おまえのせいだからな、それと妙な声がこのビルのなかから引き寄せられたからだ。根拠は乏しいけど“おまえを失うわけにはいかない”」
 男はさらにビルのなかへと勇気を踏み込むように、一歩一歩に文句を吐いていた。
 懸念はふたつ、猫がいるのか、声の主がなんなのか、不安が急速に膨らみ、五感などほとんど機能していない。

 ビルのコンクリートの冷たい感覚も感じない。ビルを抜ける風のけたたましい音も気にならない。視界もかなり窮屈で右辺へ瞳だけ動かせばすむものを首まで動かしてしまうほど左右がみられなくなっていた。鼻もノドも渇き、息詰まるようなひきつけを起こしていた。呼吸も乱れて鼓動がはやくなっている。足はすくみ動けない。そんなたじろいでいるあいだにビルのなかで、何かが弾ける音がした。
「そういえば表に自動車があったような、トヨタ車だ」
“パーン“。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


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