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ラブストーリー

天にのぼる <前編>

   

私の最愛の人、紀野ののかが亡くなった。
私と少年のようなののかの出会いは高校一年のとき。
ののかはあらゆる理不尽に抗い、闘っていた。
自身が抱える死までも。
回想の中で綴られる青春と恋。
『天にのぼる』前編

 

 
 もやで月明かりがしたたる夜半、一本の電話があった。
 遠い電話線が伝えてきたのは、手紙では未だ遠く、だがいつかくる未来だった。
 私は相づちを何度か打ち、受話器を置くと喪服の準備を始めた。
 私の最愛の人、紀野 ののかが亡くなった。
 これからこのノートにしたためるのは、わたしとののかの遠い日の思い出である。

「紀野 ののか、立ちなさい」
この名前を耳にするのは高校に入ってまだ一ヶ月だというのにもう十回をかるくこえていた。ぐす、と私の前に座った女子が涙を見せる。クラスの大半はこの女子に同情的で、厄介事ばかり引き起こすののかを目の敵にしていた。
 げんに泣いている女子は肉付きが悪く、皮と骨しかない体躯のののかから盛大な飛び蹴りを放たれ、軽い尻もちをついたのだった。
 まわりの女子が手に手にハンカチやカバーのついたティッシュを差し出し、「立ちなさい!」と叱責されて、しぶしぶ起立した窓際のののかを睨んでいた。
 どうやら彼女たちの友情はお揃いのティッシュカバーのようにそこらに溢れていて、安っぽいものらしい。
「紀野さん、何度目ですか」
 中年の数学教師が教壇から尋ねるとののかは顔を上げた。短くカットした髪が細面の傷つきやすい少年のようなののかによく似合っていた。
「十二度目です」
 生真面目に応じたののかに教師は口元を引きつらせ、私は吹き出しかけた。
「そういうことじゃなく。どうしてこう、問題行動を起こすんですか。今度はなんですか?」「紀野さんが突然蹴ってきたんです!」
 〝突然〟の前には多くの事柄があったのだが、泣いている女子と取り巻きの前には意味をなさないものだった。
 きっと嘘泣きだろう。
「蹴ったんですか!?」
 一歩間違えば、親がいじめだとクレームをつける時代で、この事態は教師にはまずかった。
 手持ち無沙汰な私は、教科書をパラパラとめくっていた。この学級会で早くも数学の時間は半分潰れていた。
「蹴りました。……でも」
「言い訳はいりません。謝りなさい」
 ぐっとののかが詰まった。小さい面が真っ白になっている。理不尽に怒っていた。女子の嘘泣きがいっそうひどくなる。かわいそうに痛かったよねと声がかぶる。早く終わらないかという無言の雲がクラスに漂いだし、ののかの首を絞めた。いわれなき加害者は歯ぎしりをした。
「先生」
「なんですか神崎君!」
「早く終わりませんか? 授業時間、もう半分しかありません」
 時計を指すと、教師の皺が引きつった。

 

-ラブストーリー

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