幻創文芸文庫 (β)

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ショート・ショート

LOVE MACHINE

   

「愛を食べ物に変えてくれるマシンが、あればいいのに。互いの愛を食べて生きていくって、素敵じゃない」
 とへっぽこ発明家は言った。
 俺の愛は蜂蜜。
 奴の愛は――

 

 優雅な日差しの降り注ぐ水曜日の午後。
 俺はリビングから屋根のあるテラスに出た。広々とした芝生の庭を囲むように赤や黄の薔薇が鮮やかに咲き、その根本を勿忘草(わすれなぐさ)やラベンダーが淑やかに隠している。ゆるやかな風が数匹の蝶を連れてきた。綿雲が青い空にぽつぽつと浮かんでいる。
 テラスでティータイムするにはちょうどいい日和だ。
 さっそく、テラスの中央にある木製の丸テーブルに白いクロスをかけ、キッチンから持ってきたティーポットや2人分のティーカップ、1人分のホットケーキ、ブルーベリージャムの瓶などを並べる。そうしてあいつを呼び寄せる準備が整った時、どかんと爆発音がして家全体がぐらっと揺れた。
 あいつがまた失敗したらしい。本日、3度目だ。幸い、街から遠く離れた森の奥に住んでいるので近所迷惑にはならない。
 あいつは自分のことを天才発明家だと豪語しているが、とんでもない。発明したマシンを起動させようとした瞬間、もしくは起動後数秒で爆発する。あいつが自信満々に豊満な胸を張って、
「ルーシェ様の新発明を見よ!」
 と艶のある声で高らかに命令してきても徹底的に無視している。
 爆発魔なあいつには、大型冷蔵庫やパソコン、人型ロボットなどを速やかに解体できる特技がある。その腕は解体の専門家として依頼を受けられるほどだ。ただ、解体以外のことはてんで駄目で、特に修理は話にならない。
 あいつは以前、映らなくなったブラウン管テレビの修理を気まぐれで引き受けたことがある。あいつはさっそくテレビを分解して部品を交換し、組み立てたのだが――理解不能な事が起きた。テレビの部品を組み上げたはずなのに、なぜかラジコンカーになっていたのだ。ちなみに、そのラジコンカーは爆発せずにぎゅんぎゅん走った。分解した部品で作った品はどういうわけか爆発しないらしい。
「ブランクがあるからかなー、失敗しちゃったよ~」
 あいつはへらへら笑いながらラジコンカーを分解し組み立てなおしたが、できあがったのは置時計だった。俺が文字盤やら秒針やらはどこから持ってきたのかと怒鳴れば、あいつは不思議そうな顔をした。
「これぞ摩訶不思議ってやつだね~。私を分解したら謎が解けるかなあ? あ、もしかしたら妖精さんがいたずらしちゃってるのかも!」
 俺は無言で奴のピーナッツバター色をした頭をはたき、置時計をテレビに戻せと厳命し監視した。だが、何度組み立てなおしてもテレビにはならなかった。素人の俺が代わりにできるわけもないので仕方なく、修理を引き受けたテレビと同じ型のものを探し回って購入し、依頼人に何食わぬ顔でわたしたのだった。それ以来、奴は修理依頼を受けていない。俺がこっぴどく叱ったからだ。奴の大好物の甘味を取り上げ、1ヶ月間食わせなかったのがきいたらしい。
(……思い出したら頭が痛くなってきやがった)
 俺は額を押さえて丸テーブルの椅子に座り、深々と溜息をついた。そして、温めておいた2個のティーカップにミントティーを注ぐ。湯気とともに立ち昇った爽やかな香りでゆっくりと肺を満たせば、頭痛が少し和らいだ気がした。放っておけばそのうち治るだろう。
 硝子の小皿に盛ったスミレの砂糖漬けを1つ食べた時、奴がヒールの音を響かせてやって来た。どういう嗅覚をしているのかしらないが、ティータイム用の菓子と茶を用意すると必ず、家の地下にある開発室から出てくる。
「おお! 今日はホットケーキだあっ。しかも生クリーム添えっ!」
 テラスに顔を出すなり歓声をあげた奴に、俺はぶっきらぼうに返した。
「てめぇが食いたいっつったんだろうが」
「そーだっけ?」
 奴は首を傾げて煤やオイルで汚れた白衣を脱ぎ椅子の背もたれにかけると深く腰かけ、紺のタイトスカートから伸びるすらりとした足を組んだ。白いノースリーブのブラウスの胸元を飾る黒いリボンが僅かに揺れた。
「まあ、いいじゃない。リーヴェンのつくるものはなんだって美味しいんだから」
 奴はへらっと笑い、ミントティーに口をつけた。肩まであるピーナッツバター色の髪が、先ほどの爆発の影響かごわごわしている。夜、それをブラシで丁寧に梳(と)かすのは誰だと思っているのだろう。白衣だってそうだ。俺が洗うのにどれだけ苦労していると思っている。密かに嘆息して奴を見れば、ホットケーキが見えなくなるほどブルーベリージャムを塗りたくり、その上から蜂蜜をどばっとかけていた。そしてそれを夢見心地であらゆる角度から眺め回した後、ナイフとフォークを手に取ってるんるんと一口サイズに切り、口の中に入れた。とたん、
「ん~っ!」
 体をくねらせて悶えだす。その恍惚とした表情に、ブルーベリージャムと蜂蜜をかけ過ぎだと注意する気にはなれない。
 俺はふっと小さく笑み、スミレの砂糖漬けを口に含んだ。スミレの花の香りがふわりと広がる。甘い物が得意でない俺は、奴のように毎日まいにち甘味を食べる気にはならないが、スミレの砂糖漬けは違う。といた卵白をスミレの花に塗り、グラニュー糖をまぶしただけだからさほど甘くないし、なにより飽きがこない。俺の向かいでホットケーキに夢中になっている奴みたいに。
「おい、唇の端に生クリームついてるぞ」
「とって」
 とにっこりして身を乗り出し、唇を突き出した。
 俺は呆れつつも奴の唇の端についた生クリームを薬指で拭い、その指先を舐めた。味見した時よりも甘く感じて顔をしかめたら、奴がくすくす笑った。

 

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