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幻影草双紙85〜夢の世界(前篇)〜

   

 夢があれば、それは実現できる。(ウォルト・デズニー)

 

 
 クラーク西郷は、広い庭園の塀を左手に見る上り坂へ、車を入れた。
 坂を上がった所に大正緑林大学の付属病院がある。
 この坂が病院への近道なのだ。
 3年間も病院に通っているので、病院の周囲の道は熟知していた。
 駐車場に車を置き、病院へ入る。
 7階にある妻の病室へ行く。

 ベッド脇の椅子に座る。
「亜矢子、来たよ。元気かい……」
 妻の亜矢子は、ベッドで寝ていた。
 この3年間、昏睡状態から覚めないのである。
 たとえ昏睡状態でも、頭の中の、はるか奥では分かってくれる……。
 そう考えて、話しかけているのである。
 季節の移り変わり、毎日の生活の出来事などを、話しかけていた。
 3年の間、毎週土曜日に病院へ来ることが、クラーク西郷の習慣になっていた。
 クラーク西郷の仕事からすれば、規則的に土曜日に来るのは、かなりきついことであった。
 だが、これだけは、どんなに無理しても、実行していたのである。
「また、増刷になったよ。来月始め、かなりのお金が入る……」
 クラーク西郷は、妻の髪の毛を撫でて、続けた。
「そのお金で、アンコールワットへ行こうと思うんだ……」
 妻は、何も答えない。
 ただただ、静かに寝ているだけである。
「一度は、行っておかなければ、ならないものね……」
 クラーク西郷は、声が詰まった。
「一緒に……、行きたかったよ……。お土産は、何がいい……」
 横を向いて涙を拭いたとき、ベッドの脇の机に、紙があるのを見つけた。
 それは、クラーク西郷へのメモであった。
 ナースステーションへ連絡してくれ、という内容であった。
 さらに20分ほど話しかけてから、椅子から立ち上がった。
「じゃぁ、また来るからね。元気でね」

 

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