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幻影草双紙86〜夢の世界(後編)〜

   

 うつし世は夢 よるの夢こそまこと (江戸川乱歩)

 

 
 東川教授の部屋は、庭園を見下ろす、気持ちのよい部屋であった。
 東川教授というのは、壮年の、いかにも秀才という感じの人物である。
 彼は、クラーク西郷に、パソコンの画面を見せた。
 妻の脳のMRIの画像が出ている。
 
 亜矢子は、なぜ昏睡状態なのか?
 これは東川教授でも分からなかった。
 MRIでも、異常が見つからないのである。
「ただ、考えられることは……」
 と、以前、東川教授が説明した。
 簡単に言うと、脳の最深部の神経に傷があるらしい、というのであった。
 そして、今日、東川教授は、同じ説明を繰り返した。
「……、ということは、前に、説明しましたよね」
「はい、覚えています」
「その最深部の神経を手術する方法が開発されたのです」
「ええ?」
「ハーバード大学のノース教授が開発した最新の方法ですが……」
 それは、つい最近開発された方法で、まだ完全に確立されたものではなかった。
 いわば、開発途中の研究の一環として、亜矢子の手術をしてみよう、ということなのだ。
「じゃぁ……、成功するとは限らない?」
「はい、正直に言うと、そういうことになります。ただ……」
「ただ?」
「ただ、現時点で、奥様を治療するとすれば、これしか考えられません」
「そうですか……。それで、手術するとして、成功の確率は?」
「4割です」
「4割……、半分以下なのですか?」
「はい」
「もし、失敗したら?」
「奥様は、残念ながら……、死にます。脳が、完全に機能を停止しますから」
 クラーク西郷は、考えてから、言った。
「今のままならば……」
「はい?」
「今のままの昏睡状態ならば……、どのくらい持ちますか?」
「奥様は、まだお若い。身体は大丈夫ですから、50年は生きられると思います」
「50年の間に、新しい治療法が見つかるかもしれませんね?」
「そのとおりです。それまで、待ちますか?」
「でも、治療法が、結局、見つからないかもしれませんね」
「そうです。何しろ脳ですから」
「昏睡状態のまま、老人になって……、死ぬ……」
「そうはならないかもしれません」
「え?」
「奇跡が起こって、目覚めるかもしれません」
「奇跡を待つ……」

 

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