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飛由と諒と小さなミサイル

   2015年8月26日  

 無事ピアノフォルテの仲間入りを果たした諒。
 だが緊張感が抜けるわけもなく、大和に連れられ仲間の輪に入ってもがちがちに緊張したままだった。
 そんな諒の指導係にあてられたのが、坂下飛由。
 外見や声色では男女の区別も年齢さえも全く読みとれない、ゆったりとした喋り口調とほんわかとした飛由の独特の雰囲気に、諒は知らず知らずのうちに飲み込まれていく。
 飛由から業務内容を教わる諒の頭の片隅には自分には後がないんだという背水の陣があり、諒の心にじんわりと恐怖心を芽生えさせていた。
 その頃、ピアノフォルテの外に招かれざる小さなミサイルがピアノフォルテに照準を合わせ、突撃を開始したのだった。

 

 
 諒が無事レストランの仲間入りを果たして、スタッフ達から柔らかな拍手が自然と沸いた。
 今にも泣き出しそうな諒を見つめていると、スタッフ達は無意識に諒に対する庇護欲が生じる。
「じゃあ改めてみんなに挨拶してもらっていいかな?名前と楽器と、何か一言。」
 マスターは諒に全員の前に出るよう促した。
 諒の瞳は戸惑いが色濃くにじんでいる。
 マスターが諒を紹介することはもちろんできるわけだが、それをしてしまっては諒自らがここの人間と関わりを持つ機会が減ってしまう。
 自らを声を発し皆の中に飛び込むことが、諒にとってに第一歩となる。
 マスターに促されて立ち上がり、後ろに勢ぞろいしたスタッフ十名の前に恐る恐る諒は歩いていく。
 不安いっぱいではあるが泣き出しそうなわけではなく、純粋に緊張しているのが見てすぐにわかる。
 俯き加減に目を泳がせていたが、意を決して諒は短い息を吐いてスタッフ達の方を向いた。
 十名から見つめられていると思うと緊張も恐怖も諒の中にとめどなくわいてくるが、諒はそれを振り払うかのように一度深く礼をした。
 そして思い切り腹から声を出した。
「は、はじめまして、小野寺諒と申します!本日からここのレストランで働かせていただくことになりました!楽器はピアノを少しだけ弾くことが出来ます!不束者ではありますが、精一杯努力を重ねていきますので、どうか宜しくお願い致します!」
 しどろもどろになりつつ、諒なりに精一杯の自己紹介をした。
 スタッフ達を見つめ続けることなんてできるはずもなく、自己紹介が終わった瞬間に諒は思いっきり勢いをつけて腰から礼をした。
 その様子を見守っていたスタッフ達は互いに視線を交えて微笑み合い、小さく頷き合って全員一緒に息を吸い込んで。
「こちらこそ、よろしくお願いしまーす!」
 腹の底から声を張って、諒に歓迎の祝辞をぶつけた。
 

 スタッフ全員からの声に、諒は腰を折ったままビクリと肩を震わせた。
「ほら頭上げろよ!これからよろしくな!」
 諒の元にいち早く駆け寄り、諒の肩に手を回す大和。
 諒はというと大和のペースについていけるはずもなく、わあ!っと小さな戸惑いの声をあげて大和に連れられるがままスタッフの輪の中へと連れ込まれていった。
「ここにいる奴らはみーんな気のいい奴らだから、なんか困ったらすぐ言えよ?」
 大和の言葉に全員大きく頷いた。
「うちのレストランはスタッフ同士を下の名前で呼び合ってるんだ!俺の名前は沖大和!よろしくな!呼ぶ時は“大和君”か“大和さん”って呼んでくれな!んで、指導係を誰がする?」
 大和はせわしなく自己紹介をしたかと思ったら、和彩と心治に話を持ちかけた。
 心治は小さな唸り声をあげ、腕組みをする。
「マスター!指導係は誰にしますか?」
 心治は少し離れたところに居るマスターに声を飛ばしたが、当のマスターはただひたすら嬉しそうににこにこと微笑んでいるばかりである。
「え?何ですか?」
 問いかけをまるで聞いていない。
 スタッフ達がまとまって仲良く話しているのを眺めるのは、マスターの至福の時である。
 スタッフの間では“幸せモード”と称され、マスターは見るからに幸せボケしてしまい決めごとをする時にこれになられては話にならない。
「だめね。」
 案の定マスターは使い物にならず、和彩の小さな声に心治は頭を抱えざるを得なかった。
「俺がやってもいいけど、多分俺のペースに諒がついていけないし…。和さんは?」
 大和は和彩に話を振ると、和彩は涼しい顔で答えた。
「私、相手に合わせるの苦手。」
「そう言や和さんドSだったっけな!」
 和彩の解答に、大和は盛大に笑った。
 彼女の性格上新人指導は完全に不向きである。
 心治は演奏で引っ張りダコの時がよくあるから、出来るならば安定して諒に関われる人間がいい。
 そう考えると、自ずと一名いい人材が心治の脳裏に浮上した。
「飛由!」
「はーい。」
 心治から名を呼ばれた青年は、右手をあげてニコリと微笑んで声をあげた。
「諒の指導係を任せたいが、できるか?」
「僕でよければやります。」
 心治と青年のやりとりで、一瞬にして全てが決まった。
 青年は諒の前まで歩いていき、諒と向かい合わせに立ってにっこりと微笑んで諒に右手を差し伸べた。
「坂下飛由です!カウンターもホールもキッチンも出来ます。宜しくお願いします!」
 ゆったりとした喋り口調の飛由。
「…宜しく、お願い致します。」
 飛由の柔らかな笑みと優しい声色に誘われ、諒は自然と飛由の手を握った。

 

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