幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ハートフル

ぬいぐるみの父

   

 
 三十六歳の喜代子は、七歳の娘・愛羅と二人で、母・絹代の火葬に出向いていた。絹代の眠る棺の中に、喜代子は「お父さん」と呼んでいる、狸のぬいぐるみを納める。それは喜代子にとって、出発のための儀式でもあった。

 絹代を火葬してもらっているあいだ、喜代子は愛羅に、「お父さん」と絹代の思い出を語り始める。親子とはつくづく似るものだ――。喜代子はそこに、確かな絆を感じていた。

 親子と、ぬいぐるみと、家族たち。彼らを繋ぎ続けるものは。

 いろいろな形の絆に繋がれた、ある家族の物語です。

 

 
 運転席の窓をほんの少し開けると、むわりとした熱気と共に、そこら中から湧き上がる耳鳴りのような蝉の声が狭い車内の中に入ってきた。まるで山そのものが鳴いているみたいだな、と思ったら、「ママ、山が鳴いてるねぇ」と、助手席のチャイルドシートに座る愛羅がのんびりとした声で言うので、喜代子は小さく吹き出して笑う。喜代子が笑うのも気にせず、愛羅は窓の外を流れる景色を、学校に行く時以外にはいつも連れて歩いている手縫いの金髪少女に見せていた。金髪少女だが、絹代おばあちゃんに縫ってもらった人形なので、愛羅は彼女をお絹ちゃんと呼んでいる。
 車は郊外の山中を抜ける幹線道路を走っていた。カーブもない一本道だ。山中と言っても、ところどころに女子大やドライビングスクール、大きなホームセンターなんかが点在している。その店のひとつひとつを、愛羅は物珍しげに眺めていた。長い黒髪を黒いリボンでツインテールにして、同じく襟まで真っ黒なワンピースを着ている愛羅は、母である喜代子の目から見ても小さな魔女そのものだ。かくいう喜代子も、本日は上から下まで黒に身を包んでいる。
 夏の喪服はどうしてこんなに世の中から浮いている感じがするのだろう。本日のように、雲一つ見当たらない快晴だと尚更だ。それに、身なりだけ黒でまとめても、車体はメタリックなピンクだし、シートもオレンジ色なので、なんだかな、と喜代子は思う。
 前方の山裾に、目的地である火葬場が見えてきた。喜代子はハンドルを回し幹線道路を左に折れる。山の中に平たくて白い建物が埋まっているのも、夏の喪服くらい妙に見えた。
 別に、感傷的になっているわけではない。ただ、妙なものとは、今日でお別れしようと思っているから、似たようなものに目が行ってしまうのだろう。
「ママ、もうすぐ?」
「うん。あそこの建物がそうだよ」
「旅館みたい。ねぇ、お父さん、もうすぐだって」
 愛羅が後部座席を振り向いた。そこには、きちんとシートベルトを締めた、二頭身の狸のぬいぐるみが座っている。身長はぴったり三十六センチ。自宅にあると大きいが、外に連れ出してみると結構小さい。
「前、向いてなさい」
「はぁい」
 バックミラーをちらりと見ても、喜代子の目にはお父さんの目が映らないようになっていた。けれども、家を出てから背中にずっと、何となく視線を感じ続けている。
 お父さんも、今日がお別れの日であることをわかっているのかもしれない、と喜代子は思った。だから、たぶん、これでいい。

 

-ハートフル


コメントを残す

おすすめ作品

モモヨ文具店 開店中<4> 〜消しゴムフレンズ〜

お仕事です! 第1章:樋渡和馬VS住所不定無職-2

モモヨ文具店 開店中<9> 〜付箋紙ラプソディ〜

お仕事です! 第1章:樋渡和馬VS住所不定無職-3

モモヨ文具店 開店中<22> 〜のりフェス。それから十年後のあなたへ〜