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ノンジャンル

迷い人に孫の手を2<1>

   

 日常は、止まる事なく続いていく。
 人が出会えば物語が始まる。人が接すれば想いが始まる。

 それに気付くか見逃すか。
 あなたの物語は、ちゃんと始まっていますか?

 迷い人に孫の手を2。

 第一話と相成ります。どうぞご賞味下さいませ。

○抜粋○

「もしかして森も休憩がてら資料作成?」
「まさかですよ。休憩室は休憩するところ……で、雑談するところです」

 失笑と共に、森は手にしたクリアファイルをわざとらしく僕に見せてくる。反射的に中身を覗くと、タイトルに障害報告書と書かれていた。

 ただし中身はほぼ空白で、作り掛けどころか作り始めなのは問うまでもい。大方資料作成の相談だろう。

○○○

 

 
「まだ仕事しているんですか?」

 失笑混じりの問い掛けに、僕は伏せていた顔を上げた。
 冷房の利いた休憩室に現れたのは、ワイシャツの上に作業着を羽織った森健児(もりけんじ)だった。

「最近、特にここで良く合いますね」
「煙草を吸うなら喫煙ルームでもいいんだけどね」

 森の眼鏡越しの瞳は柔らかく、人を和ませる雰囲気に満ちている。ですます口調な割に人懐っこい空気が独特の、彼の声色は心地よい。
 森の腰にはドライバーや業務用携帯がぶら下がり、手には銀のアタッシュケースが握られていて、対する僕の手元には、書類やキングファイルがあった。

「森こそ今日も遅いね」
「この状況だとお互い様でしょう?」

 語らう僕と森は同期入社である。休憩室の観葉植物がエアコンの風で揺れていて、自販機の光が煌々と周囲を照らしている。僕らは所属する課が別であり、二人が会う場も必然的に休憩室が多い。

「また休憩室で仕事ですか? ここは薄暗いですし、目が悪くなりますよ?」
「気分転換だからすぐ戻るよ」

 森は呆れた様子で肩を竦め、自販機の前まで来て立ち止まると、腕組みしながらこちらを見下ろしている。元より痩せ気味の彼だけれど、このところ更に痩せた気がする。
 平日の夜、時刻は十時を過ぎている。社員の大半は帰宅していて、残業者もまばらになっている。事務所は全フロアとも静けさに満ちていて、二人の声はよく通る。

「この時間で冷房が利いているのは休憩室くらいですからね」
「早く帰れって事なんだろうけどね」

 森の言葉は図星であり、僕は苦笑うしかない。「今日も暑いですからねえ」と他人事のように零す森が、もう片方の手にあったクリアファイルを団扇にして自らを仰いでいる。服装に合わないそのファイルは少し変だった。

 森の違和感に、凝視すると視線を逸らされた。森の表情は笑顔だけれど、反応がとても不自然だ。

「もしかして森も休憩がてら資料作成?」
「まさかですよ。休憩室は休憩するところ……で、雑談するところです」

 失笑と共に、森は手にしたクリアファイルをわざとらしく僕に見せてくる。反射的に中身を覗くと、タイトルに障害報告書と書かれていた。

 ただし中身はほぼ空白で、作り掛けどころか作り始めなのは問うまでもい。大方資料作成の相談だろう。

 

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