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ショート・ショート

裏口のビジネス

   

親の代から存在している予備校を経営している船田には、裏口入学ブローカーという顔があった。

コネがある大学などに基準に達していない生徒を合格させる仕事ぶりは絶妙とさえ言われていたが、少子化の悪影響をもろに被ってしまった上、不正の事実を指摘され、予備校そのものを手放す羽目に。

だが、予備校売却の交渉に来たある大企業の社員は、船田に向かって、思ってもよらぬ申し出をしてきたのだった……

 

「理事長先生、さよなら」
「ああ、また明日な。ちゃんと宿題はやっておくんだぞ」
 終業のチャイムが待ち切れないという面持ちで教え子たちが教室から去っていくのを、俺は笑顔で見送る。
 この分じゃ、多分宿題はクラスメイトの丸写しだろうが、まあ別に構わない。
 彼らにはとにかく勉強をしたという「事実」を与えてやることが大事なのだ。
「さて……」
 生徒たちを見送った俺は周到に作った笑顔を消し去り、ビルの三階の奥にある黒い扉を開けた。
「はいっ、南関受験アカデミーです。ご依頼ありがとうございます。松田様のお兄様と同じところですね。大丈夫です。枠はあります」
「そこを何とか。話をつけた子たちは概ね無事に卒業しているわけでしょう。でしたら『入り口』での状態なんて大した問題にも……」
 さして広くもない部屋に充満する活気と賑々しい声が一瞬だけ外界に漏れ、扉が閉まるとともに再び閉じ込められる。
 この部屋には窓はなく、完全な防音が施されている。
 滅多なことでは室内の様子を伺い知ることはできないだろう。
「状況はどうなっている?」
 俺は懐から紙片を取り出して「詰問」した。
 声に出さなかったのは受話器の向こうの依頼主に窮状を悟られないためだ。
 電話をしているスタッフも意図を察して、あらかじめ書き記してあった紙切れをこちらに見せてくる。
「大分難色を示していますね。八橋の内申点が引っ掛かっているようで」
「たったゼロコンマ三点だぞ」
 と、俺は表情でだけ抗議の意を示し受話器を受け取った。そして、
「失礼します。お電話代わりました。所長の東です」
 という感じで口火を切って機先を制する。
 ただ、可能な限り柔和さを前面に押し出す。
 ここで機嫌を損ねられては元も子もないからだ。
「ああ、東さん」
 電話の向こうで座っているだろう、友邦大学の事務課長は、十年来の付き合いからくる気安さを隠そうともしていない。
 良い傾向ではない。俺は引き締めた表情をいっそう固めて事務課長の言葉に備えていた。
「いや、私もね、何とか善処をしようとは思っているんですよ。職員としてもつまらないことでごねられるより、素直な子を優先して欲しいという感情はあるわけで」
「でしたら……」
「しかし、内申だけはきついよ。完全なデータなんだから。理事会からもしっかりやれと言われているんだ」
(出任せを……)
 俺は心中で毒づいた。
 大学の教授が二、三目立った研究結果を出して、マスコミに騒がれた途端この言い草だ。
 五年前、定員割れに苦しんでいた時は、そんな点など気にする素振りも見せなかった。
 大体、本当に厳正にやりたいのなら、彼のような人間を窓口に配置しておくはずがない。「しっかりやれ」という上層部の言葉には「裏」の意味があるのは明らかで、事務課長もまたそのことをよく理解しているはすだ。
 つまり彼は、こちらからの条件を引き出そうとしている。
「……分かりました。こちらの熱意をお見せしましょう。二本、増やすということでどうですか?」
「三本は欲しいね。息子が免許を取ったから、軽の一台でも分けてやりたいんだ」
「……ではそう言うことで。いつものコインロッカーでよろしいですね」
「表に出なけりゃなんだって構わないよ。それじゃ、よろしく」
 まったくこちらへのねぎらいの感情が伝わってこない挨拶とともに電話は切れた。
 俺はふうっとため息をつきつつ、決して公式の会計には含まれない金を机の上の手提げ金庫から取り出した。
 周りを見回してみると、他の電話も完全に静かになっていた。
「所長、また自腹ですか?」
「ああ、三本だ」
「うへえ」
 二年ほど前からこの部屋での仕事に関わるようになった社員は、驚きと不満を全身で表した。
「それじゃあ、俺たちの取り分が減っちゃうじゃないですか。今年は三人っきゃいないんですよ」
「しょうがねえだろう。俺たちも昔と同じじゃないし、友大だってそうだ。機嫌を損ねられて、暴露でもされちゃ最悪だからな」
 俺の言葉に、居合わせた社員たちは何とか納得してくれた。
 実際、向こうにへそを曲げられては、こちらの生活は成り立たない。

 

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