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SF・ファンタジー・ホラー

幻幽綺譚<9> 陰膳(中)

   

 旅に出て見知らぬ世界を体験するのは楽しいですね。
 それはそうですが、幻幽の世界まで体験することはないでしょう。

 

 山本昭夫は、ホテルの薄暗い部屋で、話を始めた。
 声が震えている。

 研究の打ち合わせで欧州へ行ったんだ。
 イギリスからオランダを経てフランス。
 そして、ドイツから帰国する予定だった。
 最後の予定はボンの大学。
 そこに三日間滞在する予定になっていたんだ。
 ところが、会うはずの教授が怪我で入院して、予定はキャンセル。
 三日間が空いてしまった。
 早く帰国してもよかったんだが、折角だから、旧東ドイツの田舎をのんびり観光しよう、という気になってな。
 レンタカーを借りて、気ままなドライブに出たんだ。
 わざと幹線道路を外れて、森の中の枝道を走った。
 三月だろ、気候は寒く、空はどんよりしている。
 まだまだ東ドイツ時代の雰囲気が残っていて、陰鬱な景色だったよ。
 でも、旅行の予定が終わった後だったので、気分も軽く、素朴な景色を楽しんだ。
 夕方に、とうとう雨になった。
 そろそろ宿を探さなくては、と思ったが、田舎道で、そういうときに限って、見つからない。
 かれこれ二時間くらい宿を探して走り続け、いいかげん腹が減ったとき、雨を通して、うっそうとした森から突き出た塔が見えた。
 それを右手の前方に見ながら車を走らせていると、道のはるか先に、なにか小さな明かりが見える。
 近寄ってみると、小さな看板に明かりが点いているんだ。
 そこには、『ホテル・シュロスアドラー』と書いてある。
 いわゆる古城ホテルなんだな。
 やれやれ助かった、と思いながら、看板の地図通りに進んでいった。
 森の中の無舗装の道に曲がって、十分近くも進んだころ、城に着いた。
 濠に渡した橋を通って中庭に入り、正面扉ぎりぎりまで車を寄せて、庇の下に駆け込んだ。
 雨が冷たかったよ。
 ノックに答えて出てきたのは、古い城に、城ごと残された使用人といった感じの老年の男だ。
 ここが古城ホテルであることを確認して、泊めてくれと言い、中へ通された。

 

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