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SF・ファンタジー・ホラー

RAT <八>

   

 少女の怪死、大ネズミの暴走、それを影で操る男。そして二人の刑事。今までの人生が、ガラッと百八十度変わってしまった……

 

 
 階段を下り終えると、前みたく蝋燭が不吉な影を揺らしていた。チェス盤をジッと睨む名取の姿がそこにあった。
「ジジィ! 助けてくれ。ラットが……ラットがグッタリしちまったんだ」
「なんやと? 早過ぎるや無いか。どれ、見してみ」
 名取は勢い良く立ち上がると、俺からケージを奪いラットを手のひらに乗せた。丸い縁なし老眼鏡を鼻先で引っ掛け、ジッとラットの容態を診ている。
 俺の額から汗がこぼれ落ち、その汗は不安と恐怖で一気に蒸発した。名取が黙っている時間がとても長く感じる。時計の秒針が一秒刻む毎に、心の臓がドクンと脈打つ。その脈打つたびに、酷く頭痛がした。現世《うつしよ》では起こりえ無い様な出来事に三度も遭遇した。何かがおかしくなり始めている証拠だ。
 名取が勢い良くこちらを振り返った。
 俺はドキッとした。
 名取が神妙な面持ちで口を開いた。
「心配無い! ただの栄養失調や。軽く注射したったら直ぐ元気になるわ!」
 ホッとした俺は、恐怖と不安から解放され、身体中の力が抜け地面にへたり込んでしまった。
 名取は奥から動物用の細い注射針でラットに注射し、ケージに戻した。そして俺に目をやり、お前も要るか? といった様に目で合図した。
 腕を駆血帯で縛り、動脈を浮き立たせ、針をゆっくりと挿入した。途端、ケタミンでもやっている様な、異様な陶酔感に見舞われた。瞼が重い。俺はしばらくの間眠っているかの様に動けなかった。
 ふと、体の自由がきく様になった頃。薄眼を開けると、ラットが首をひねって俺を見つめていた。
「ラット! よかったぁ。元気になったんだな!」
 ラットは嬉しそうに俺の肩にチョコンと座った。名取は椅子に腰掛けてココアを飲んでいる。その湯気で老眼鏡が真っ白に染まっていた。
「目覚めた様やな。でや、楽になったやろ?」
「あぁ、でもジジィ何を打ったんだ? まるでヤクだったぜ」
「ほっほっ。内緒や」
 内緒という事はやはり麻薬だったのだろう。でも今まで味わった事の無い至極の快感だった。なんというか、桃の果肉を噛み締めるような。梨のシャリっとした後味。そんな感じだった。
「そういや、なんかデッカいネズミが人を襲っているの見たんだ。俺のマンションにも、車にも乗り掛かってきやがって。一体なんなんだ? 何かがおかしな方向に向かってると思うんだが……」
 名取はそれを聞いて、一瞬固まった。何か心当たりがある様な、そんな素振りをした。
「なぁ、ジジィ。何か知ってんなら教えてくれよ。あの大ネズミの出現と、ラットの体調不良は重なってたんだ。これは何か意味があると思う。なぁ、教えてくれ」
 しばらく口をつぐんだままだったが、やっと名取は口を開いた。
「ラットはそん時暴れたか?」
「あぁ」
 確かに京子はそう言っていた。

 

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