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迷い人に孫の手を2<2>

   

 人は人と接して前に進む。

 他愛のない日常もまた、一つの物語。始まっていないなら、始まる前の物語。

 迷い人に孫の手を2。

 第二話と相成ります。どうぞご賞味下さいませ。

○抜粋○

「大変なのがいいって?」
「趣味なんて何をやっても大変ですよ。好きは大変で疲れるものなんです」

 森の言葉は僕には理解し難いものだった。疲れて大変なことが好きというのは、いったいどんな心境なのか。

○○○

 

 
「こんな感じかな? 問題なければメールで送るよ」
「ありがとうございます。ほとんど作らせてしまいましたね。後で少し、自分が作ったように直させて貰います」

 休憩室から自席に戻った僕は、森と共に報告書を書き上げた。手書きメモ状態だった資料から、社内用の報告書形式に纏め直した。
 足りない情報はその場で森に問いながら作っていったから、本当に三十分で作り終える事ができた。打ち合わせをしながら書き上げたその報告書は、なかなかの出来栄えだった。

 自我自尊しそうになるけれど、森の仕事の理解力が高いからこそだ。自らの報告書の直し方に対するヒントになるかもしれないと心に留めたのは余談である。

「助かりました。私は、こういう報告関連は苦手ですから」

 森が苦渋に顔を歪ませるのを眺めながら、僕は作り上げた資料を森のメールアドレスへ送付する。森は笑んでいる。送信が完了したのを確認して、僕は彼の目を覗き込む。

「苦手ねえ?」

 僕の呟きに、インフラ屋の瞳が横へと逃げた。
 その行動はあからさま過ぎて笑えた。

「苦手っていうか、あえて勉強してないんじゃない?」
「違いますよ。ただ……嫌いなんです」

 僕の詰問に森が歯切れ悪く言葉を濁す。その露骨な態度が子供じみていて、僕は肩を竦める。しばらく言葉を切り、森を見る。笑顔がポーカーフェイスの森が狼狽えている。
 そんな様子に、「覚えないようにしてるんだろう?」と問うてみる。森が素知らぬ顔をするのが、図星だと言っていた。

「そんなに認められたくないのか? 昇進試験を受けたくないから?」
「っ、な」

 森の驚愕が僕の問いを肯定していた。時計を見ると、そろそろ切り上げた方が良い時間になっている。僕は立ち上がり、フロアの戸締りをし始めた。

 森は固まったまま、空になった僕の席を見つめて言葉を失くしている。森は口を開いたまま言葉を吐かない。時間が止まっているみたいで面白い。

「なぜ、そう思いました?」
「苦手言いすぎ。自分っぽく直すって何?」

 僕の突っ込みに森が呻いている。僕は森の前に立ち、眼前の立ち尽くす男の胸板にとんと拳を当てる。

「事実上のリーダーが、本当のリーダーにならないのは何でだ? 責任を取りたくない、なんて保身的な理由ならわからなくもない。でも、森は違うよね?」
「っ、そこまで言いますか、あなたは」

 困惑する森が押し黙り、僕は急かすつもりもなく戸締りを続けて、終えた。フロアの鍵を閉めた所で、「私は……」と森が言葉を漏らした。

「私だったらこうしたい、ああするべきだと思う仕事はたくさんあります。でも意欲を見せたら、課長に知れたら管理職的な仕事を詰め込まれるに決まっているんです。その方面はまだ、適当に流すようにしていたいんです。管理面はまだまだだ、と思っていて欲しいんです。もちろんまだまだですが、その努力はもう少し後でいいかなと、思うんです」

 森の独白と懺悔のような言葉が、事務所内に響いていた。

 

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