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長所であり短所でもあり

   2015年9月15日  

 諒の仕事中の動きに苛立ちを隠せなかった和彩。
 意図せず諒に怒りをぶつけてしまい、反省し、心治と諒がいるホールへと戻って諒に謝罪した。
 それまで震えていた諒だったが、和彩の表情と声色から完全に怒気が消えているのを身をもって知って、諒の体からようやく震えが消えたのだった。
 ディナータイム開始までの間、空き時間となり諒は思いっきり後ろ髪を引かれつつも家事と夕食準備をしにいったん帰宅。
 その間にスタッフ達はカウンターに集合し、諒の様子について話し合っていた。
 このレストランはスタッフの定着率が高い分、新人育成には不慣れである。
 そして諒の特殊な性格が加わり、全員が頭を抱えていると、マスターの携帯が鳴って飛由が話の輪に加わったのだった。

 

 
 廊下を速足で歩いていく和彩と、それを追う心治。
 廊下には二人の足音と調理場から響いてくる皿と皿がひしめき合う音のみで、言葉のない二人の間には重苦しい空気が立ち込めている。
 会話のないまま二人は一定の距離を保って、女性従業員控室の前までたどり着き和彩と心治は無言のまま立ち止った。
「…和彩。」
 前方の和彩の背に心治が声をかければ、和彩から深いため息がこぼれた。
「わかってるわ。言いすぎた。傷つけるつもりはなかった。」
 注意だけするはずだったのに、自らの中に沸いていた苛立ちを抑え込むことが出来なかった。
 最後に放った一言は怒りの色に染まっていたのは、和彩自身が自負している。
「お前の性格上、諒を見てああなったのは仕方ない。諒は少し特殊すぎるし、お前には予め諒が式場でどんな様子だったかの詳細を伝えておく必要があった。お前とあいつの性格を知っていたのに何も声かけをしなかった俺の責任でもある。すまなかった。」
 心治の表情と声色は、いつもと通りあまり起伏を感じない。
 不器用ではあるが、人一倍責任感が強くて物事に実直な心治だからこそ、今の言葉に嘘偽りがないのは和彩の心に響いた。
「心治君が謝ることじゃないわ。昨日の面接と今日のランチ前の様子を見ていれば、諒君が頼りになりそうになかったのは想像がついてたわけだし。ただそれを超える要領に悪さに腹が立ってしまったのは、私の未熟さなのかもしれない。」
 相手に恨み言を言わず、冷静に物事を客観視出来る力を持つ和彩。
 諒の不安に満ちた表情と、自信のなさに加えて終始挙動不審の優柔不断だった動きを思い返し、和彩は自らの行動が大人げなかったと反省するほかない。
「諒に一人で仕事をさせるとミスをする。その確率は俺が見る限り百パーセントだった。四年間勤めた式場でさえあの緊張感のままで、唯一任された皿運びで盛大に皿を割っていた。ここに慣れるまでには相当時間がかかるだろう。それでもあいつを辞めさせるわけにはいかない。」
 工藤から諒の過去の詳細を聞かされた心治だからこそ、諒に対して特別な感情を抱かずにはいられなかった。
 昨日目の当たりにした諒の子どもたちが、工藤の話をより鮮明に生々しく現実として心治の中に染み込ませていた。
 心治も和彩も、未婚ゆえ当り前ではあるが連れ合いに先立たれた経験も、まして子育てをしているという現状もない。
 だが面接時の子どもたちの必死の表情と、諒の瞳の輝きはしっかりと二人の脳裏に刻み込まれている。
 あの時の諒の瞳の奥にある輝きは、強い意志が籠っていた。
 自分達には持ち合わせがない、諒の中にある“親の責任感”なのだろう。
 子どもたちのためにも、そして諒自身のためにも、諒をここに定着させる必要性があるわけで。
「…彼に謝らなきゃ。」
 和彩は短いため息をついて、心治の方を振り向き苦笑して言った。
 今回のことは決し和彩に否があるわけではない。
 しかしここで一歩引けるのは、和彩の強さである。
「そうだな。」
 それに敬服し、心治も小さな笑みをこぼした。

 

 

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